2005年12月14日

灯台守の恋 その2

『恋』と銘打ってあるので、これはラブストーリーなんでしょうけれど、考えてみると、私が泣いた部分はどうも恋愛描写だけではなかったみたいです。

孤独で切ないアントワーヌの生き方を、荒波にもまれるラ・ジュマンの灯台が象徴しているような気がしてなりませんでした。

優しいからこそ傷つく。そして人とのふれあいが嫌になって逃げ出す。
そんなアントワーヌの求めた癒しは、Finistere(地の果て)のそのまた果ての島にもなかった。

そして、そんなよそ者を、最初は強く反発しつつ、その人間性を認めて受け入れたイヴォン。
無口で、灯台守をしながら木を削り、椅子を作るのが趣味の男。
二人のあいだにしだいに芽生える友情。

しかしアントワーヌはイヴォンが強く愛する妻、マベと運命的に惹かれあってしまう・・・・。

こんな人間関係に深く絡み合っているのは、ケルト文化です。


はずかしながら、薄識なjesterは、Bretagne(ブルターニュ)が、Brittanyから来ているとは知りませんでした。
パリの人がピクニックに行く森、なんていう風に考えてました。

Britain(イギリスの島)から来た人々が住んでいるからなんですね〜

そういえば、アリステア・マクラウドの「彼方なる歌に耳を澄ませよ」の主人公が住んでいるカナダの小島もケープ・ブレトン島でした。この小説も灯台が出てきました。(表紙の写真が好きなので、大きな画像です)

ケルト人というと、スコットランドやアイルランド、マン島にコーンウォール、そしてそこからカナダとかアメリカに移民していった人々、というイメージが強かったのですが、ヨーロッパの中でもフランスやスペインにはもっと前の時代に移住した人々の作った、独自のケルト文化圏があるのですね。

ケルト人というと、貧しくて、親戚や村のコミュニティがしっかりしていて、ゲール語(ケルト語)を守ろうとしている、独特の文化をもつ人たち、というようなイメージがあります。

特に海外に出たケルト人たちの、よそ者を寄せ付けない堅い人間関係は有名です。
特に島だったら、かなり閉鎖的でしょう。
その中に一人入っていくつらさは、転居が多かったjesterにはなんとなく分かるのです。

jesterの転居は『人間関係からの逃避』ではありませんでしたが、地域に根っこを張って生きていく女として、母として、まったくの異文化に引っ越していくことはしんどいことでした。

新しい物好きで、好奇心も人並み以上だし、旅も大好きで、順応性もかなり高いつもりですが、それでもつらかったこともたくさんあります。


そして幼かった家族Bも一緒に世界をさまよううちに(そして幼い頃海外で暮らしたヴィゴもそうだと思っているのですが・・・)しっかり転校生気質になりました。

異なる環境で、なんとかそこの人の輪に入ろうと、いつもスマイルで目立たずに、しっかり人間を見て、場の雰囲気を本能的に読む・・・・
それはいまでは彼女の長所になっているのですが、親としては哀れに感じるところもあります。


アントワーヌに共感した1つの原因は、そんな自分や家族Bの姿が少し重なったからかもしれません。

おずおずと人々の中に入っていくが、邪魔者扱いされる。自分がコミュニティを乱しているのが感じられ、疎まれていることが分かる。
どうしたら、この人たちに受け入れてもらえるのだろうと悩む。

結局は誠実に、すねないで、前向きに生きるしかないのですよね。



続きます・・・・


posted by jester at 19:44| Comment(6) | TrackBack(1) | た行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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