2005年12月21日

L'equipier(灯台守の恋) その8 小道具編 ネタばれあり!

『その6』でマベとアントワーヌが近寄っていくエピソードが少ない、ひとめぼれなのか、「男と女ならそういうのがあり、と割り切っているのでしょうか?ちょっと納得いかないところデス。」なんて書きましたが、よおくハラに手を当てて考えてみたら、jesterにも覚えがあります。

出合ったときから、なんとなく目がいっちゃう人。
ずっと前から知っていたような気がする人。
いけないな、と思いつつも視線がそっちにいってしまう人。
見ているとなんとなく泣けてしまうような人。

別にドハンサムとかじゃなくても、そういう人っています。女性にだっていますよね。
心の美しさが外にこぼれて出てきている人。
そばに近寄りたいようなオーラを発散している人。

そうして惹かれ、注目しているうちに現実が見え、単に自分の理想を投影しているだけだったと気がつくこともあります。たいていはこっちで終わります。

でも、観察するうちに相手の素晴らしさにますます惹かれ、目力を飛ばしあってお互いに強く惹かれてしまうこともある。
最初は一目ぼれだったのに、相手を強く求めるようになってしまう・・・

アントワーヌにとって、マベはそういう運命的な人だったのですね。男がどんな女に一目ぼれするのかは人それぞれだろうし、いまいち分からないけれど、自分の気持ちに当てはめて考えてみたら理解できたので、前言撤回です。



ところでフィリップ・リオレ監督、小道具の使い方が上手です!

灯台が孤独なアントワーヌを象徴しているようだ、って前にも書きましたが、
イヴォンの広い暖かいふところ、危ないときに、愛するものたちをしっかりと守ろうとしている姿
も象徴しているような気がしてきました。

そっちは違うよ、そっちにいったら転覆する。
こっちが正しい航路だ、こっちに面舵を切れ・・・・

そしてそれが消えた一瞬・・・・・ 
イヴォンの心が陰に入ってしまった時。
イヴォン自身も何がおきたのか分かりません。
沸き起こる感情の嵐に翻弄され、ぼんやりとしてしまいます。

でもイヴォンは我に帰って、灯台に駆け上り、また灯台に火を入れるのでしたよね。
そしてアントワーヌを救う。この辺も好きデス。イヴォンの心の広さを感じます。

この心の広さで、娘カミーユが自分の子ではないかも、と思いつつ、そんなことはすべて飲み込んだ上で、娘を溺愛したのでしょう。
『地獄だ、出て行く』といった島に死ぬまで残っていたのも、この娘と、そして妻を愛しているからのことだったと思われます。

ああ、なんてイヴォンって心の綺麗な男なんだろう!!


マベのお父さんの手作りアコーデオンも大切な小道具の一つ。
マベがアントワーヌに惹かれたのも、多分大事そうにアコーデオンを抱いて、そっと弾いて見せた微笑と、それを直してくれた優しさがはじまりかな。
うむむむ・・・とうなりつつも、こういうのに弱いjesterです。

まあ相手がそれを、気を惹こうとわざとやってると、なんとなくこちらにもそれがわかり、しらけますけどね〜
アントワーヌみたいにおずおずと、でも裏心なく自然にああいうことをされたら、やばいデス。乙女のピンチデス。パンチ

自分のマベへの気持ちを押し殺すために、イヴォンたちの家を出てカフェの2階に部屋を借りたアントワーヌに、マベはアコーデオンを届けます。
一言の言葉も添えられていないけれど、愛の告白と思えます。

机の上に置かれた包みをじっと見て、その包み紙を一部だけ破り、中を確認しても、包みを開けないアントワーヌ。
アコーデオンには指も触れません。
開けてはいけない、と思っているのでしょう。
受け取れない。
受け取りたいが、自分はこれを受け取る資格がない・・・・。
そんなアントワーヌの心の葛藤がうかがえます。
そして島から出て行くときにそれをマベに返します。

完全な別れを告げているのです。
僕は行くけれど、アコーデオンは持っていかないよ、と。

「花火、どうだった?」といいに来たイヴォンは机の上のやぶられた包みを見て、「義父のアコーデオンか?」って聞きます。見ていてドキ、ってしますよね。勘がいい人ならこれで見破りますよ。
妻が父親から誕生日にもらって大事にしているアコーデオンだもの。

でもイヴォンはアントワーヌを信じているので、「修理した」といわれるとすぐに素直に納得し、ご機嫌でアントワーヌを誕生日パーティに招待します。(可愛い♪)

アコーデオンを前に、またアントワーヌの心はちくちく痛んだでしょう。
もうここにはいられない、出て行かなくては、いつかイヴォンを傷つける、と決心したのはこのときかもしれません。たらーっ(汗)


灯台から打ち上げられる花火は、妻への深い愛と、新しく仲間に迎えたアントワーヌとの友情を心底喜んでいるイヴォンを思わせます。
そして2人はその花火の下でイヴィンを裏切る・・・

遠く海の上で光って落ちていく花火は、なんて静かで美しくて、残酷なんでしょう。

目に焼きついたきらめく光の残像は、手に負った癒しがたい怪我と同じに、
心に嘘はつきなくない、誰ももう傷つけたくない、誠実に生きたいと誰より強く願っているのに、そう生きられない・・・・ 
そんなアントワーヌを責め続けるのです。(と、jesterは思うのでした)

ああ、アントワーヌの心だって負けずに清冽だわ!


それから、イヴォンが作る椅子。カミーユが売ろうとするイヴォンに家にもたくさんの椅子があふれ、カフェではもう誰も買い手がなく、教会でも村人が全員座っても余りあるほどの椅子。
言葉に出せなかったイヴォンの思いが椅子になっているよう。
どんな思いをこめて、無口に椅子を作り続けたのでしょう・・・・

その椅子におしっこを引っ掛ける通りすがりの犬が微笑ましかったデス。


しかし動物といえば、猫のバンコちゃん。
あの柔らかい体と、泣き声、ごろごろと喉を鳴らしてアントワーヌに擦り寄る姿。イヴォンが抱くシーンでは体を堅くしてよじ登ってましたが、あれははっきりイヴォンを嫌がってましたね。(かわいそうなイヴォン)

イヴォンったら、「お前を恋しがってる。みんなそうだ」なんていじけてました。



ああ、キングコングについても書かないとわすれちゃう(爆)のに、まだ続くらしい・・・
困ったなあ・・・・
いい加減しつこいよ、自分。


posted by jester at 11:47| Comment(17) | TrackBack(5) | た行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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