2006年01月19日

スタンドアップ その2

シャーリーズ・セロンって、とても過酷な少女期を送っているのですね。
15歳のときに、酔って母子に暴力を振るおうとした父親を母親が射殺・・・・。
どんなにつらかったことでしょう。

ただのハリウッドスターとは違うのはその辺でしょうか?
綺麗なヒロインの役だけしていてもちゃんと脚光を浴びられそうなのに、汚れ役もいとわない女優魂があると思います。

今回の、「ドメスティックバイオレンスやレイプに負けず、セクシャルハラスメントにも負けずに、自立して、母として子を守って生きていく」 という役どころ、見ている女性とか差別を受けている人々を元気付けるだけでなく、彼女自身への応援歌になっているところもあるのではないのかしら。


********以下、映画のねたばれを含みます************


シャーリーズ・セロン演じるジョージーですが、目つきや外観も、「あまり思慮深くなく、早く子供が出来てしまったヤンママ」という雰囲気がよく出てます。

しかし彼女が勇気を持って立ち上がった裁判で、親にも言えなかった悲惨な体験が相手方の弁護士により暴露されます。

高校生のときに、レイプ、そして望まない妊娠、出産・・・・
それからは父親には見放され、周りからも散々ののしられる生活。
乗り越えがたいような体験をしつつも、自暴自棄にならず、前向きな態度を持ち続ける主人公には勇気付けられます。



ジョージーのやることは、あまりに稚拙です。戦略というものがない。

たとえば彼女の友達のグローリーがやっているように、組合活動などで、女性の簡易トイレの設置を訴えたり、時間をかけて、地道に女性が働きやすいように頑張る、というような忍耐もなく、感情的にふるまってしまう。
社長の甘い顔にだまされて、直談判に行ったり・・・・。
あんなたぬきがいい人のはずないじゃん!パンチ

もちろん、セクハラをセクハラとも思わない男たちが悪いのですが、ジョージーのやり方もへたくそです。

でも考えようによっては、グローリーが10年かかってやることを、ジョージーが1ヶ月でやり遂げてしまったのかもしれません。
長く続いた慣習を打ち破るには、ジョージーのような無鉄砲さが返って強みになるのかもしれませんね。

部屋中の人が自分を大声でやじり、そしっていても、くじけずに自分の信じるところを述べる強さは素晴らしい。なかなか出来ません。


映画では、そんなヒロインを取り巻く人々もリアルによく描写されています。

『自分は良い母親ではないが』といいつつ、圧倒的な包容力で娘を支える母親。
夫と意見が対立して家を出るときも、疲れて帰ってきた夫の夕ご飯は(粗末なサンドイッチだけれど)つくっていく優しさが良いです。だから愛されるのよね。

そして、自分の思い通りにならない娘にじれ、みはなそうとしながらも、実は娘を強く愛している父親。
組合の会合や裁判での父親の行動は、ある程度予測がついたとはいえ、感動的でした。

不治の病に冒されながら、友達のために立ち上がる友人。美人ではないけれど、心の温かい彼女はとても存在感あり。

その妻を支える優しい夫。(が、万年悪役のショーン豆氏なのでびっくり!)

母に反発しながらも、実は強く母の愛を求めている息子。

こう文字で書くと、とてもありがちな、陳腐な表現になってしまいますが、人間観察が細かいので、くさくなくて、「ああ、ここで泣かそうとしているな」とおもいつつ、爆泣き。

しかも『ミスティックリバー』みたいにやり切れない終わり方じゃなくて、明日も頑張ろうっていう気にさせてくれます。(最後、無免許運転で事故る?とはらはらしてしまったが・・・)パンチ


もちろん、現実では、「スタンドアップ」した行為がすべて報われるとは限りませんよね。

それどころか、権力や多数に対して正義の「スタンドアップ」したほうが、社会的には損をする、という場合のほうが多いのかもしれません。
jesterだっていっぱい痛い目にあってます。たらーっ(汗)

それでもなぜ、私たちは「スタンドアップ」するのでしょう。

それは社会的に損をしても、自分にプライドを持てる行為が、自尊心を持つのに大切だから。

報われる、報われない、ということより、立ち上がった自分を大好きになれることが、何よりの「プライド」 になるのではないかしら。

ぶきっちょでも「プライド」を持って、そんな自分をいとおしく思い、生きることは素晴らしい、といえる人間でありたいデス。


また、それが「ご褒美」になるように、誰かが「スタンドアップ」したとき、事実を見極めて、正しいことならそれを認め、支えてあげられる人間になることが、結局は自分の幸せにもつながるのではないのかな。

無関心、見て見ぬ振りをしていると、その結果生じることは、結局自分にもいずれ及んでくるのではないかと思います。


この映画をみて、そんなとき「スタンドアップ」できる勇気を貰ったと思います。
裁判のシーンとか、こんなにうまく行くか?と思うところもあったけれど、女の人にも男の人にも、
ああ、ぜひたくさんの人に見ていただきたいな〜と思いました。


普通はこういう地味な社会派の脚本は短館系になってしまうけれど、今回ワーナーブラザーズがお金を出した、っていうのもちょっと嬉しかったりして。黒ハート


posted by jester at 19:02| Comment(26) | TrackBack(15) | さ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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