2007年07月09日

麦の穂をゆらす風 THE WIND THAT SHAKES THE BARLEY

すごく感銘を受けても、どうしてもレビューを書けない映画って時々あります。

この「THE WIND THAT SHAKES THE BARLEY (麦の穂をゆらす風)」もそんな映画のひとつでした。

緑豊かな景色が綺麗だとか、キリアンが頑張ってたとか、テッドを演じたポードリック・ディレーニーが良かったとか、リーアム・カニンガムがかっこいいとか、なんかそういうことを書く前に書いておかなくちゃいけないことがあるけれど、それをうまく書けなくて・・・

でもDVDになって、何度か再見して、やっと『だめもと』でもいいからなんか書いておこう、という気になりました。

ケン・ローチ監督が伝えたいと思った気持ち。
この映画にパルムドールを与えたカンヌ映画祭。

jesterも、伝わってきたものを独り言でぶつぶつといってみることにします。



ちょっと前までは、イギリスに1〜2ヶ月以上いれば、必ず何回かテロがあったり、テロの疑いがあって地下鉄が止まったりすることがありました。
夫のオフィスのすぐ近くて爆弾が破裂し、ガラスが割れる騒ぎも。
そんな時、当時はIRAが関係している、という噂がすぐに流れ、IRAって怖いなあ〜と単純に思っておりました。(今ならアルカイダもありですけれど)
そして本など読んでみたりしたので、北アイルランド問題はある程度知っているつもりでしたが、この映画をみて、自分の今までの認識が甘かったな〜と感じました。

麦の穂をゆらす風

1920年ごろには、自分の名前を英語で言わなかっただけでイギリスの軍隊になぶり殺される17歳の青年がいたのですね。
それも、一人だけではなく何人も何人も。

流血シーンとか殺害シーンは派手ではないです。
ハリウッドで増産されているお金をかけた殺戮シーンに慣れた人には物足りないぐらいかも。

でも伝わってくるむなしさには、息が詰まるような思いがします。

それが単に後味が悪いだけで終わらないのは、ケン・ローチ監督の前向きで人間に対する暖かい視線があるからじゃないかな・・・なんて思います。

反イギリス帝国主義のヒーローとして戦う兄テッド(ポートリック・ディレーニー)と、医者としてこれから社会にでようとしていた弟デミアン(キリアン・マーフィー)を中心に話が進んでいきます。

最初は、イギリスに侵略され抑圧される悲惨な故郷の現状を見ながらも、自らはロンドンにでて医者の職につこうと思っていたデミアンですが、駅でイギリス軍に反抗して暴力を振るわれる運転手のダン(リーアム・カニンガム)と駅員を目の前にして、IRAの運動に身を投じる決心をします。

戦いの中で、愚かな幼馴染の裏切りを「この戦いにはそんな価値があるのか」と迷いながらも処刑を実行するデミアン。
そして「何にも感じなくなった」とつぶやく彼。
印象的なシーンです。
あの時代それしか方法がなかったとしても、暴力に暴力で立ち向かうことのむなしさを感じさせます。
(キリアン・マーフィーの演技力には脱帽です!)

最初は枝を担いでの戦争ごっこのようだった練習を経て、本物の殺傷力のある武器を手に、深く運動に巻き込まれていく名もない若者たちを丁寧に描写することで、問題の根の深さと解決の難しさへの理解が進む気がします。

やがてイギリスとの間に条約が交わされ、運動が実を結んだかに見えたけれど、その結果に満足できずさらに抵抗運動を続ける弟と、妥協して現状をなんとか変えていこうと考える兄は引き裂かれていき、そして胸を裂くような悲しい悲劇が相手を変えて繰り返されることに・・

ミホールの母が歌う『麦の穂をゆらす風』の歌が切なく見るものの心にしみます。たらーっ(汗)


人間は愚かだけれど、同じ誤りを繰り返してしまうけれど、でも何かを歴史から学べるはず。
そして、少しでもよりよい未来を切り開けるはず。
こういう映画を見て「怖かったね。かわいそうだったね」といって、おもむろにお昼ご飯を食べつづける(ホテルルワンダでホアキン・フェニックスがそんなこといってましたね)んじゃなくて、何かを学ばなくては、そして語り合い、伝えなくてはと思います。


この作品を見たとき、2006年という時期に、イギリスで、このような非弾圧者からの視点で作品が作られたということに深く感銘を受けました。
条約締結後の運動にかかわるものたちの間の話し合いも、実に細かく描写されていますので、知識のないものにも問題の深さが理解できます。

英雄ではない、そのへんにいるような若者たちの生き様を描ききり、あえて娯楽性や観客へのサービスを切り捨てても真実に迫りたい、という監督の真摯な思いが伝わってくる傑作だと思います。
見てスカッとしたり、楽しくなったりはしない映画ですが、これから社会をになう若者にこそ見て欲しい歴史の一部です。


・・・・ううう・・あせあせ(飛び散る汗)
やっぱり、やっぱりjesterではうまく書けなかったけれど、資本主義に名を借りた帝国主義の暴力がまかり通る現代だからこそ、きな臭いものを敏感に感じ取り、警告することが大切なのではないのかしら。

映画のレビューで「差別」とか「社会問題」などに言及すると、小さいことをヒステリックに騒ぎ立てるおばさん、と嫌われてしまうのかな、と思いますけれど・・・・・・

たとえばこの映画の舞台を、現在の日本に置き換え、どこかの国に侵略されて弾圧されて、それに立ち向かった若者たちの話、と考えてみることができれば、それをただ「こわいね」で終わらせることはないと思うのです。



イギリスは旅行するには美しい国です。
でもその美しさを作り上げた財力は過去のどこから来たのか。

アメリカの現在の豊かさはどこから来ているのか。
その陰で苦しんでいる人々はいないのか。

そして私たちが住む日本の豊かさはどこから来ているのか。

テロはなぜ起こるのか。
暴力の連鎖を止めるレバレッジポイント(小さい力でも物事を動かせるてこの作用点のようなポイント)はどこなのか。


時々はこういう映画を見て、しばらく立ち止まって、ない頭を振り絞って考えてみなくちゃ、そして周りの人と語り合いたいな、と思うjesterでございます。あせあせ(飛び散る汗)



posted by jester at 11:38| Comment(16) | TrackBack(5) | ま行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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