2007年11月24日

君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956 SZABADSAG, SZERELEM/CHILDREN OF GLORY

ちょうど東欧とソビエト関係の本を何冊か読んでいたので(たとえば「オリガ・モリソヴナの反語法」など)見たいな〜と思っていた「君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956」にいってきました。

1956年、ソ連の弾圧に民衆が蜂起したハンガリーでのお話。
政治には関心がなく、水球チームのエースとして活躍するカルチ(イヴァン・フェニェー)は、偶然学生デモを統率する女子学生ヴィキ(カタ・ドボー)を見かけ、ナンパを試みる。
メルボルン五輪に向けての練習に励む毎日だったが、ヴィキに惹かれ、革命を信じる彼女と行動を共にするうちに、カルチは運動に巻き込まれ、オリンピックを諦めて自由のための戦いに身を投じてゆくが…

というようなお話です。

ハンガリー動乱と、オリンピック水球史に残るソ連対ハンガリー戦、
メルボルンの流血戦といわれる試合についてはとてもよくわかりました。
「悪童日記」を書いたアゴタ・クリストフがスイスに逃げたのもこの頃なのね、なんて考えながら見ておりました。

つくづく平和な国/時代に偶然生まれた自分のラッキーさを思い知らされましただ。

でも映画としては、期待していたほど脚本などがあまりいいできとは思えず、でございました。
なので、ちょっと辛口レビューです。
ネタバレはありませんが、未見の方はご注意くださいませ。


破壊シーンや銃撃戦などは派手で、戦車なんかがお好きな方にはたまらないかもしれませんけれど、人間の心理模様がいまひとつ物足りない。

こういう実話ベースの映画は、地道にデータと人間観察を重ねて造ったほうが、見ているものの共感を呼ぶのでは、と思います。
半端なメロドラマ仕立てのサイドストーリーはかえって事実の重みを安っぽくしてしまう。
それは「ブラック・ブック」でも感じたのですが・・・

「悪者」のソビエトとかAVO(ハンガリーの秘密警察機関)の描き方が、まるで水戸黄門の「悪代官」ですし。

この人きっと死ぬんだろうな、それで主人公が変化するのかな、と思う人はそのとおりになるし。



カルチとヴィキの恋愛も、なんか突然に進行しちゃう感じで、納得いきませんわ。
ラブシーンばかり長いしねえ・・・

ヴィキ役のカタ・ドボーは、顔の上半分がソフィア・ローレン、下半分がヒラリー・スワンク、という顔なんですが、しゃべると品がなくてjesterはだめでした。

ヴィキの役をやっていても知性より自己顕示欲を感じてしまいました。


donau.jpg
一方カルチ役のイヴァン・フェニェーは、オールバックの髪型と、タートルネックセーターで、トレーラーを見たときはなんとなく「ハンニバル・ライジング」のギャスパー・ウリエル君を思い起こしてましたが、全然違いましたわ。

ハンサムだし、とてもガタイがよくて、水球選手にはぴったり。
でもこの役にはどうなんでしょうねえ・・・・
なんだか・・・ちょっと頭が悪そうに見えちゃうんですよね・・・・(殴パンチ

この人って「ジャー・ヘッド」に出てたんですね〜
思わずDVDで確認しちゃいましたが、そういわれてみると、兵士のなかにいるんですよ。
「ジャー・ヘッド」を見てると、ジェイク・ギレンホールとかピーター・サースガードばっかりみちゃいますけど、後ろとか横の兵士をよくみると、彼がいますので、よかったら探してみてください。


とまあ、jesterは醒めて見てましたが、最後の試合シーンはさすがに力が入りました。

選手役は本当に水球の選手がやっているということで、迫力あります。

この新聞記事の写真は本当のゲームを報道したもの。

実話ベースなのでシーソーゲームではなく、ワンサイドゲームなのが惜しい。
この辺は少し作っちゃっても、もう少しはらはらする展開だったらもっと盛り上がると思いました。


それにしても最後に流れる詩、“天使のうた”のメッセージが胸にしみました。



でも音楽が・・・・
jesterは全然駄目でしたわ・・・安っぽくて。

音楽の出来不出来と、脚本って連動していることが多いと思います。
結局は監督のセンス、ってことなのかなあ。


posted by jester at 10:07| Comment(10) | TrackBack(10) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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