2008年03月02日

ラスト、コーション LUST, CAUTION

鑑賞後、どう評価していいのかとっても迷って、なかなかレビューを書けませんでした・・・・

ああいう混乱の時代を生き抜くために、もがく人間像という点ではお話は良く出来ていておもしろかったけど、恋愛映画としてとらえたらいまひとつ。
そしてあそこまでベッドシーンをリアルに描く必要があったのか・・・・そういうのがちょいと苦手なトニー・レオンファンとしては複雑な思いでございました。

というわけでいまだに迷いつつも ☆☆☆1/2 ぐらいかしら・・・・

(以下、映画の内容に触れています。未見の方、ご注意!!)



でだしの退廃的な中国の奥様たちのかったるそうなマージャンとおしゃべりのシーン、結構好きで、誰が誰なのかわからないままぐいぐい引き込まれました。

主人公であるワン(タン・ウェイ)はほっぺの柔らかいような子供が無理に厚化粧している感じで、「あ、この女優さんjester的にはだめかも」と思いましたが、見ているうちに「実際、子供が無理して厚化粧している」シーンなのだと分かり、違和感が無くなってきました。

ワンが学生の時の映像は、ういういしくて可愛い。
でも目つきが鋭くて、只者じゃないって感じです。

激動の時代の流れの中で、日本よりの動きをしていた男の浮き沈みも興味深いものでした。
その辺は飽きずに見る事ができました。


リゾートストーリーは、2つの関係を中心に進んでいきます。ワン(タン・ウェイ)と、抗日運動家である学生、クァン(ワン・リーホン)の間のプラトニックな恋愛感情。
ワンとイー(トニー・レオン)の間に育っていく肉体を通じた恋愛感情。


このどちらかにでも共感できるものがあればまた違ったと思うのですが、残念ながらjesterは乗り切れませんでした。


ひとつにはアン・リー監督の「恋愛感」が私とは違うということにあるかもしれません。
アン・リー監督は、『恋人たちの食卓』でもそうだったけど、以前から「性欲」とか「食欲」とか、生存する上で根源的な欲望を通して人間を描くのが上手い監督さんですよね。
そしてその恋愛感は多分に『SEX・肉体を通じての愛』に重きをおくところがあると思います。
『ブロークバック・マウンテン』の最初の男性同士のラブシーン、精神的なものよりとりあえず肉体的な欲望を遂げた、っていうふうに見えちゃって、ついそんなことを言って、誤解を受けたことがあります。

この映画のワンとイーの関係も、暴力的・肉体的なことから始まって行くのですが。

そのへんがね、どうも私にはあわなかったみたい。
(SEX=LOVEじゃないし、LOVE=ロマンスじゃないし、ロマンス=SEXじゃないって言うのが持論でございます)

ベルトで殴られて、後ろ手に縛られて、血を流して痛みを訴えないと実感できない愛って、どうなんでしょうねえ。
まあ人間それぞれだから、そういうのもきっとありなのでしょうけれど、「鳩の卵みたいなダイヤモンドの指輪」を買ってもらっても、私だったらだめですわ・・・・


ワンとクァンの関係もですね、クァンは確かにハンサムさんで、真面目そうで、抗日に燃える理想家でもあるけれど、それは外観だけのことで、内実はまだひよっこ。
男としてはダメです。

ワンに非常に危険なスパイのようなことをさせ、イーとの関係を持たせるために、練習として仲間の一人と寝させたり、つらそうにベランダにでてタバコ吸ってないで、なんとかしろ! 自分の惚れた女ぐらい自分の手で守れ! といいたくなるヤツであります。
いくら戦争中だといえ、男ってハンサムだとスポイルされて、こういう女性を人間と思ってないみたいなのに育っちゃうのがままいるのよね〜なんて思いました。


だからこそ後半でワンがクァンに階段のところで言うせりふが生きてくるのではありますが、そういうクァンに引きずられてしまうワンもワンだよなあ・・・なんて思ってしまい・・・


雪しかし、まだ学生で恋愛経験も未熟だったワンを主人公としてみた時、最後の「鳩の卵ぐらいのダイヤ」を「正妻に勝った!愛されてる!」と思っちゃって、ついほだされちゃう気持ちも分からないではないです。
たとえ裏切りが判ったら、ちょっと眉をしかめた後に、簡単に処理を指示されてしまうぐらいの存在だったとしても。

彼女もまた父親に置いていかれて、愛に飢えていたんですよね。
(あんな可愛い子を置き去りにして、イギリスで結婚しちゃうオヤジが許せん!)

こういう経験を重ねて、本当の恋愛がわかってくるだろうに、はかない彼女の運命が哀れです。


猫え〜〜でもってトニーなんですが・・・・

監督には「今までと違うトニーを」と期待され、まあ今までと違う味は出ていたと思うのです。
「傷だらけの男たち」に引き続き、いろんな役に挑戦するのは役者としてすばらしいことなんでしょうけどねえ・・・・・・・・あせあせ(飛び散る汗)

でもなあ。

トニーって、いっくらジムに通って体を鍛えたとしても、やはり知が勝っていて、ああいうシーンでフェロモンがだだもれになる俳優さんじゃない感じ。
どちらかというと、物陰から寂しそうに見てるほうが、つい駆け寄って抱きしめたくなるというか・・(殴
(石坂浩二が「愛のコリーダ」をやっても気持ち悪いですわ・・・・(爆))

その辺、ミスキャストじゃないの?なんていいたくなります。
香港には「冷酷なエロス」を演じられる役者さんが他にいっぱいいるのにねえ・・・・

(エディソン・チャンのことをいってるわけではありましぇん・・・あれはそれこそ文字通りハンサムでスポイルされちゃったお馬鹿さんですわ。)

まあ、「枕絵」なんていうのにエロスを感じる方もいらっしゃるし、お国柄もあるし、男女で差もあるし、人それぞれだとは思うのですが。

これは監督の演出でしょうけど、エロというよりグロに近いとjesterは思いました。
心の動き、恥じらい、人間の尊厳なんてものが根底にあってのエロティックな描写にはエロスを感じますが、ああもむき出しで延々とみせられると、まるで「テレビ動物生き物百科」(なんて番組はないが)の「霊長類のいろいろな生殖行為のパターン」を見ているような気がしてきてしまって・・・(殴パンチ

(ちなみにjesterはいわゆる「エロビデオ」みたいなものを見ても、気持ち悪いだけで、全くエロティックだとは思いません・・・・・)


クリスマスしかしこうしてうだうだと書いていると、別な見方もできてきましたわ。
そのようなグロテスクな行為に走らなければ、自分をさらけ出すことが出来ないほどゆがんでしまっているイーという男を描きたかったのか、とも思えてきます。

だからこそ、ハードで無機質にも見えるベッドシーンを撮ったのか。
そしてフェロモンダダ漏れの役者じゃなくて、あえてトニー・レオンを使ったのか。

ということは「恋愛」を描きたかったのではなく、『憐憫とか同情とか憧れとか連帯感とかライバル心など、別の感情を恋愛だと勘違いしてしがみついてしまう人たち』がテーマのひとつだったのかしら。

などなどと、いろいろ考える余地がでてくるへんは、さすが細部にこだわるアン・リー監督ゆえなのかな・・・と思います。


雨の音が印象的な画面作りとか、早すぎないテンポなのに緊張感がありドラマチックで、ストーリー全体が飽きずに見させる力があっただけに、jester的には心底ひたれたともいえず、出てくる人みんな不幸で、その上カタルシスも感じられず、後味が悪くて口直しが欲しくなりましたがな。


でもいつか、jesterももっと人生経験をかさねたら、この映画を別の味わいをもって見る事ができるのかな?? パンチ



posted by jester at 12:53| Comment(14) | TrackBack(4) | ら行、わ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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