2008年05月08日

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド THERE WILL BE BLOOD


成功すること。
山を掘り当て、巨額の富を得ること。

怪しげなお告げをして、人心をつかみ、操ること。
教祖として祭り上げられること。

そんな目標を掲げて、ひたすらわが道を歩いた男たち。
そこに人としての幸せはあったのだろうか。

登りつめた頂上から彼らが見たものはなんだったのだろうか。


バイブルではエジプトからのエクソダスで使われる言葉をタイトルに冠したこの映画、その『Blood』は孤独な男の血管を流れる成功を追い求める『血』か、親から子へ伝わる『血』なのか、殺人で流される『血』なのか、大地の血液ともいえる『石油』を比喩しているのか・・・・

真っ黒な石油が、どろどろと大地から沸いてくるシーン、噴出して飛び散り、爆発するシーンが印象的。
ああ、普段使っている石油って、本来こんな風に、まるで神からの贈り物のように、自然に地中にあるものだったんだな。
それなのに、それをめぐって地表に蟻のように群がる人間たちの利権争いが民族を巻き込んだ殺し合いにまで発展するようなものだったんだな・・・といまさらながら気がつかされた。

一角千金のサクセスストーリーのようでいて、実は一人の男の弱さや傲慢さ、競争心や依存心などをも細かく描いていく人間ドラマです。

最後の救いのなさは、やはりアカデミーでノミネート競争した「ノー・カントリー」と似ているかもしれません。

唐突なラストにあっけに取られている内に、エンドロールにかかったブラームスのヴァイオリン・コンチェルトの第三楽章に心を奪われ、途中で席を立つ人に「こら〜〜演奏中に席を立つな〜〜」と勘違いつっこみしてたjesterでしたが・・・(爆)

人間のネガティブな部分を執拗に描くことで監督が伝えたかった事。

そこがどうもjesterには上手く伝わらなかったような感じです。
なので、ドラマとしての面白さはあったのですが、感動には至りませんでした。

映画としては2時間38分、ドラマチックで飽きずにみられましたが、jesterのお好み度は☆☆☆3/4 ぐらいかしら・・・・☆4つには微妙に届かなかった感じです。


あらすじ: 石油ブームに沸く20世紀初頭のカリフォルニア。鉱山労働者のプレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)は、石油が沸く源泉があるという情報を耳にする。息子(ディロン・フリーシャー)とともに石油採掘事業に乗り出したプレインビューは、異様なまでの欲望で富と権力を手にしていく。(シネマトゥデイより)


なんしろ、この演技でダニエル・デイ=ルイスはアカデミー賞を取りましたからね〜
確かにすごい迫力で、アカデミー好みの熱演だったです。(悔し紛れにいってるわけではありませんあせあせ(飛び散る汗)


(****以下、ネタバレあります。未見の方、ご注意ください!****)


息子のH.W.(ディロン・フレイジャー)は、実は最初のほうのシーンで死んだ労働者の子供をダニエルが引き取ったんですよね。

そして、山師ダニエルは商売の成功のために子供がいると集まってきた人々からの信頼が増す、という観点から彼を連れ歩く。
一緒に過ごす時間が長いので、それなりに愛情も涌いてくる。

しかしその愛情も、やはり「自己愛の延長」で、子供っぽい自己中心的なもの。

所詮邪魔になれば切り捨て御免、眠らせるのにウィスキーをミルクに混ぜたり、手話を馬鹿にし侮るような態度も、心無い別れ際のセリフも、成熟した親の大きな愛情とは程遠い。


けれどそんな未熟な親であっても、子供からみればたった一つの愛情です。
すがるようなH.W.の表情が哀れでした。
汽車のなかで置いてきぼりになって、必死で父をおって降りようとするシーン、久しぶりに父と会って嬉しさのあまり泣きながら殴りかかるところを遠くから撮ったシーンが切なかった。


クリスマス「リトル・ミス・サンシャイン」でお兄ちゃんのドゥエーン役だったポール・ダノが二役で、カリスマ牧師、イーライをやってました。こちらも熱意は感じられましたが、カリスマ性ではダニエルにはかないませんね〜
なんか「うむ〜これで村人が狂信的に信じるだろうか?」と思っちゃいました。
やはりカリスマ宗教家にはそれなりの魅力がないと説得力がないです。

しかし、『狂信的になにかを信じること』の恐さは伝わってきました。
あの異常さを、あそこの教会に集まった人たちは異常だと感じていないんですよね。それでせっせと寄付をしている。

同じようなことはインチキ宗教だけでなく、狂信的政治集会や怪しげな信条のグループ、金もうけ主義のスピリチュアルセミナーや詐欺まがいの通販などなど、現代の私たちの周りにもごろごろしていて、そんなものに惑わされ、マインド・コントロールされ、他が見えなくなっている人は結構たくさんいます。

人間の心の弱さ、それを利用して上手く操るもの、信じてひたすら従うもの・・・・

しかしフタを開けてみれば、教祖はイーライのようにインチキだったりするわけです。


イーライとダニエル二人とも究極を行くようで、実は似たもの同士。
対比されて描かれれば描かれるほど、内部の似ている部分が浮き出てくる。
似すぎているから相手の中身が判りすぎてお互いを憎んだのかもしれない。


(ところで、ダニエル・デイ=ルイスがダニエル・プレインビューの役、ポール・ダノがポール/イーライ・サンディ役って、どちらも実名と同じ名前の役をやっていて、すこしばかり面白かった…?)


石油探し→掘り当てる→大金持ち→孤独→狂気→破綻・・・

猫「しかし、君たち、そこまでやっても判らないもんか・・・・?」
猫「いったい何を教わってきたの?」
猫「・・・・なにも教わってこなかったのね」

などとぶつぶつ言いたくなったjesterでございました。

そのあげく、狂気の沙汰から「I'm finished」って、まるで食事を終えたように、自らの終焉を使用人に伝えるダニエルには、憐憫を通り越して、茫然。

やっぱりこの人たちも、間違った場所にかけたはしごを必死で登って、上についてから途方にくれている感じです。

それでも狂いつつも自分なりに答を出したダニエルは、イーライよりましだったといえるのだろうか・・・・・



ちなみに、偽物弟ヘンリーのケヴィン・J・オコナー。
以前どこかの映画で出てたときに、誰かに似てないかとか言う話が何処かで出ましたが、似てません。(きっぱり)
単に奥目で眉毛が薄いってだけですわ。はい。


posted by jester at 10:20| Comment(11) | TrackBack(6) | さ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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