2008年07月28日

西の魔女が死んだ

鑑賞してからまたまた1ヶ月以上経ってしまいましたが、「西の魔女が死んだ」でございます。

梨木香歩さんの原作『西の魔女が死んだ』は愛読書でした。

家族Bにも読ませて一緒に長年『魔女修行』に励んでいたぐらい大好きな本だったです。

だからもちろんわくわくして映画の公開を待っておりました。

映画は本当に原作に忠実に作られていました。
セリフも展開もほぼ同じに進みます。
静かでゆっくりしたテンポで。
みどりが滴るような画像も綺麗。日本の美しい自然に癒される。
ラストはそれなりにしんみり。

友人たちと4人で鑑賞したのですが、私以外の3人は泣いていて、そのうち2人は爆泣きしてました。
(後記;その時は3人とも爆泣きしてると思いましたが、お一人はそれほどでもなかったということです)
(また、爆泣きしてた中の一人は、前夜『The Road』を読んだのでそれもあってより泣いてしまった!といってましたが・・・・)
(ヴィゴが主演する映画『The Road』の原作本のレビューはこちらです♪)

なのにjesterは泣けなかったのです・・・。

帰ってきてから原作を読み返したりして、その辺を探ってたのですが・・・・・

おばあちゃんの家とか、日本の山の美しい風景とか見られたし、雰囲気も良かったので、落ち着いて考えるとjesterのお好み度は ☆☆☆ ぐらいだったかなあ・・・?

でもまた「原作大好きだったからシンドローム」が出てしまった感じで、しかも映画を見たあとなんだか大好きだった原作まで安っぽくなってしまった感じがしてしまいました。

(なのでこの映画大好きなかたは以下、読み飛ばしてください〜)

クリスマス   クリスマス   クリスマス   クリスマス   クリスマス


梨木香歩さんは文学の修行をイギリスでなさった方で、作風に外人が見た日本のような独特の切り口があって好きなのです。

この「西の魔女」に出てくる「おばあちゃん」も白人で、日本の学校で、友人たちとうまく行かなくなった孫娘に「魔女修行」をさせるというお話です。

「魔女修行」といっても、結局は「生活を大切にし、意思を強く持って生きる」ということに尽きるのですが。


猫多分わたしの中に、見る前からサチ・パーカーという女優に対するあまり良くない印象があったのであります。

いつもはネタバレを避けて、映画を見る前にその関係の番組を見たりはしないのですが、ムービープラスかなんかで公開前のインタビュー番組が偶然かかっていて、サチ・パーカーがしゃべっておりそれを見てしまったのですね。

7.jpg最初は「西の魔女が死んだ」の番組とは知らず、
「だれ、このやけに派手なおばさんは」と思いつつ見ていて、気がついて「あ!!やば!!」という感じですぐに消したのですが、一瞬で「この人は『西の魔女』じゃない・・・・」という印象が深く焼きついてしまいました。

まだ「おばあちゃん」の役をやるには若い彼女だし、インタビューの時には本来の女優さんの姿に戻ってますから、「おばあちゃん」に見えなくても当然なんですけどね。

なんというか、この女優さん、本質的に『西の魔女が死んだ』で語られる「魔女っぽい」ものが全くない感じがしてしまい・・・。

(↑確かこの画像の衣装と化粧で番組の中でしゃべってました。
彼女の気持ちは分かるのですが、目いっぱい派手な若作りがjesterには違和感ありました・・・)


実は予告を見たときも、無駄な色気を感じて
「あれ? この人で大丈夫かなあ?」
と彼女が演じる「おばあちゃん」に不安があったんですよね・・・

このインタビューを見てそれが強まりました。
自分が『おばあちゃんの役』をやるのに実は納得がいかなくて、どうにか『まだ美しい私』をアピールしたがっている感じとでも申しましょうか。

しかしそこは女優なら、いっくら老け役が嫌でも、映画の中なら違うかも・・・?とその不安を打ち消してました。

でも映画を見ても、それを克服するだけの女優魂とか演技力がサチ・パーカーに感じられず、彼女の湿っぽ〜い目つきと、綺麗に膨らませた髪型やらつるぴかの手に、
「ちがうじゃん・・・」と違和感を持ったまま最後まで見てしまいました。
(『西の魔女』は湿っぽい目つきで演じちゃだめなんです!!)


猫原作を読んだ時は特に人種の優越などを意識することなく、日本の社会で馴染めなくなった人が、異文化から日本の中にやってきてしっかりした意志の力で自分を保ちながらも回りに適応して生きている人に教えられること、という感じで素直に受け取っていたのです。
が、映画を見たらなんだか・・・

「おばあちゃん」の人間的魅力が伝わってこないので、その分、日本人の「白人への憧れ(劣等感?)」みたいなものがそこはかとなく感じ取られて、それはそれでちゃんと理性を満足させてくれるものがあれば多分jesterも納得がいくのに、映画を見ているだけではどうも素直に納得できませんでした。

それもこれも、やっぱり「サチ・パーカーの演じるおばあちゃん」がjesterには駄目だったからみたいです。パンチ


ちなみに、この役、始めはサチ・パーカーの母、シャーリー・マックレーンにオファーがいったそうですね。
ぜひぜひシャリー・マックレーンにやって欲しかったです!!!!(jester心の叫び!)
ああ、シャーリー・マックレーンで脳内変換してみるだけで泣けるかも。

どんなに日本語がたどたどしくても、シャーリー・マックレーンならドライで哀愁を帯びた瞳で、心が痺れるような『西の魔女』を演じてくれたと思う。たらーっ(汗)


しかし原作未読2人、既読2人という構成で見に行った中で、他の人たちは感動して泣いていて、しらけていたのは私だけだったみたいなので、あのサチ・パーカーおばあちゃんもOKな人にはOKなんだろうなあ・・・・

「みんな感動してるみたいだし、ここのところはひとまず、私の意見はいわずにおこう」
と、映画後のお茶では静かに人の話を聞いていたjesterなんですが、その中の一人があとで映画にいけなかった友人に送ったメールで

「みんな泣いていたのに、jesterだけは腹の虫が鳴いていた」とあったらしく(爆)

いや〜〜 確かにそうでした!(しっかりばれてる!)(汗)

しーんとした中でjesterのハラの虫だけが無常にキュルキュル鳴いて感動に打ち震える映画館に響いてしまったのであります。(横にいたひと、ごめんなさい!)


その上、このロケ地が早くも観光地化して、「おばあちゃんの家を訪ねるツアー」があるとかないとか・・・(汗)
うむむむ。
(シャイアに行きたくてニュージーランドまでいってしまったあたしにいわれたくないでしょうから強制終了。)



とまあ、ひとり拗ねてしまったわたくし、その後も原作を読み直しても昔の感動がよみがえらず、途方にくれております・・・・たらーっ(汗)

posted by jester at 09:17| Comment(6) | TrackBack(1) | な行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

ジュノ Juno

昔、三年B組では女の子が妊娠してしまい、担任の金パチ先生は生むのか生まないのかで大騒ぎするPTAにもまれていたもんでした。

今だって中学生や高校生が妊娠したとしたら、周囲は同じような騒ぎになるのでは?

最初の友だちの「重いものを持つと出るかも」のセリフにはぎょっとさせられましたが、あの年代の子どもならあんなことをいいそうですよね。

なので、どちらかというとPTA視線で見始めた映画でしたが、セリフの巧妙さと、ジュノのキャラクターが上手く描けていたので、結局気分よく見終えることが出来ました。

jesterのお好み度は ☆☆☆☆− でございました。



****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****

オレンジジュースのガロン瓶(?)をがぶ飲みしながら向かうのは薬局。
どうどうと妊娠検査器を買い、店のトイレでやってみて、出てきて店主の前で「やばい!」と叫ぶ。
う〜〜ん、オープンである。
アメリカというお国柄を考えても、ジュノはオープンですわ。

妊娠検査器にでた横線をふっちゃうのには笑いました。
あれは形が体温計に似てるから、ついふってさげたくなりますよね。

まあふつうならここから「友だちにカンパをつのり」とか「親に誤りを入れて付き添ってもらい」とかいう流れになるのでしょうけれど、ジュノは『生んで、子どもの欲しい夫婦に育ててもらう』という選択をします。

中絶手術してしまえばそれまでのものを、命として生みたい、その命に育って欲しいと考えるのは、人間的な選択ではあると思いました。
こういう選択肢もあっていいと思うのです。

ただ本人は大変ですよね。
10ヶ月間大きなおなかを抱えて学校に通い、苦しんで生んで、そのうえ「あの子は10代で子どもを生んだのだ」というレッテルがはげることは一生ないし。

それでもごく自然に「生む」という選択をしたっていうのが、jesterには嬉しかったです。
ジュノの心のためにも、実は「生む」のが一番いいと思います。
もし手術したら、将来また新たな命を授かった時、それを生み育てることが出来たとしても、その命を慈しめば慈しむほど、過去にしたことは一生心の傷になると思います。

そしてそれを受け止める両親も、母とは血がつながらないとはいえ、よく出来た大人でございました。私じゃとてもあそこまで落ち着いてられません。
ちょっと良くできすぎですかね。(汗)

超音波検査の時、義母がバシッと言い返したのが気持ちよかった。


ぴかぴか(新しい)それと、ヴァネッサが良かったです。
ジュ二ファー・ガーナーはどうしてもエイリアスの女スパイに見えてしまい(爆)その上少々痩せすぎですが、それでもあふれ出る子どもへの愛を見事に演じてました。

jesterの人生の中で、子どもを生んだということは、とても大きな感動と愛と責任感の嵐のなかの激動の体験だったのですが、その辺も、生みの母と育ての母が違うとはいえ、そつなく表現されていて、ヴァネッサはきっといい子育てをするだろうなと思いました。


例えば
「When you get pregnant, typically, you'll have a baby…」などなど、すっとぼけたセリフの細かいひねりが随所で効いていて、それが笑えました。

それとヴァネッサの夫が「日本に行った時買った漫画だ」といって見せた「スーパーユキ」とかいうコミックの絵柄が、完全にアメコミなのにも苦笑。


クリスマス妊娠し、子どもを生むということの重さはなく、軽く明るくテーマを捉えていたのが、私には気持ちよかったけれど、逆に考えると「コレでいいのか」と思う方もいるでしょうね。

まあそういう風に多面的な物事の見方を紹介するという点でも、この作品の価値があるのではないかしら。


猫しかし・・・ジュノ、男の趣味悪すぎです。

妊娠して、あまりに子どもっぽくて無責任な相手の態度にジュノが怒り、男の真の価値に目覚めるのかと思ってみてましたが・・・・(爆)

相手の男の子の外観も、クラスにいてもあまりかっこいいとは思えないような俳優さんだったので、その辺はちょっとしらけていたjesterでございました。
(なんだか三年B組の時の赤ん坊の父になる男の子に、ぼ〜〜っとしてるところが似てる気がしましたが・・・・パンチ

posted by jester at 09:29| Comment(6) | TrackBack(2) | さ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

奇跡のシンフォニー AUGUST RUSH

とにかくジョナサン・リス・マイヤーズがでるっていうので、噂の段階からとってもとっても期待していた『AUGUST RUSH』。

しかもフレディ・ハイモア君の父親役?? なんて盛り上がっておりました。

まあ、なんか邦題がすごいことになっているので、やな予感もしてたのですが・・・・

公開されて5日目に早速見てきました。(相変わらず今はむかし・・・です・・・あせあせ(飛び散る汗)

august2.jpg

うむむ〜 

これはジョナサンのプロモーションビデオですか? というほど、ジョナサンファンには嬉しいアップの連続で、目が釘付け。
歌も演技も、ファンの方には嬉しい作品でしたでしょう。


でもお話はちょっとご都合主義。パンチ(殴
というか、リアリティがない『奇跡の』ファンタジーなんですね。
そこに酔えるかどうかがこの映画にひたれるかどうかのポイントだと思うのですが・・・

ファンタジーならもっと思いっきりファンタジーの作りにしてくれないと、乗りそこないます・・・


出だしの麦畑シーンで「歓びを歌に載せて」的な展開を予測したjesterのお好み度は ☆☆+ ぐらいでした。(涙


なので、辛口です。
この映画がお好きな方はどうぞスルーしてくださいませ。


****以下、ネタバレあります。映画の内容に触れてます。未見の方、ご注意ください!****



クリスマス   クリスマス   クリスマス    クリスマス 

  

俳優さんたちは、良かったんですわ。
ジョナサンは歌も演技も○で、もちろんのこと、ハイモアくんも上手いし、ケリー・ラッセルも「ウエイトレス」の時より綺麗に見えました。
(入院シーンの顔は怖かったけど・・・・)

(あ、ロビン・ウィリアムズは今回jester的にはだめでした。
だって彼が出てきた時点で、ある程度話の先が予測できちゃうんだもん。)


出だしの辺の、周囲のすべてに音楽を聴くハイモア君のシーンはよかったんですけどね〜
すべてのものに音楽があるって本当だと思います。
純粋そのものっていう感じのハイモア君の演技も素晴らしかった。

アーサーやホープが歌うシーンも、声が綺麗でうっとり。
歌が上手いっていいな♪と思いました。

あとね、ジョナサンとケリー・ラッセルが恋に落ちるシーンもなかなかでした。


こ、これはいけそうだ!と思って見ていて、・・・だんだんに見ていて恥ずかしい展開に・・・。

ギターも最初はたたいてるだけだけど、それで弾き方までわかるか?とか、パイプオルガンの操作が見ただけでわかってひきこなしちゃうとか、いっくら音楽の天才でもあれは絶対ないだろう・・・というエピソードが次々とでてきて、どんなにジョナサンにうっとりしていても現実に引き戻されてしまう。
自分がその楽器を楽器を本当にやっている人なら「ありえね〜〜!」と頭をかきむしるのではないでしょうか・・・
(jesterもギター弾きの端くれなので、納得できませんでした。)

しかも、仮にも自分の孫なのに「死んだ」といって孤児院送り・・・いくら娘可愛さでも、そんな爺さんいるだろうか?? 
普通の学校も出ていないのに、ジュリアードに突然入って、書いた曲がコンサートで?? などなど、細かい突っ込みどころは満載過ぎて、まあ〜 いちいち書きませんけれど・・・

天才話は好きなjesterなんですが、あまりにキャラクター作りが荒くて・・・ちょっと酔えませんでした。


猫映画が進むと、まさか最後に偶然関係者があつまってばったり会って・・・・めでたしめでたしじゃないでしょうね!!
とまた嫌な予感が・・・(爆)

こういうパターンって、中国映画によくありますがね。


犬まあこの映画を見たのが、リアリティにあふれた『Eastern Promises』と、すぐれた脚本の『Juno』を見た直後で、しかも一緒に見にいったのが、『Eastern Promises』を一緒に(試写会&初日)みたどっぶりヴィゴ道の先輩だったこともあり、ふたりでぶつぶつ文句を垂れながらそのあとご飯を食べて帰ってきましたとさ。

(大体あの曲はシンフォニーではありませんし・・・。あせあせ(飛び散る汗)


posted by jester at 11:22| Comment(19) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月06日

告発のとき IN THE VALLEY OF ELAH

邦題とかトレーラーから、「息子の失踪事件を調査するうちに、軍の機密的な暗部(麻薬の密輸とか?)を探し当て、それを勇気を持って告発する父親」の話なのかと思ってましたが、そうじゃなかったです。

戦争を経て、人間の心がどれだけ破壊されるか。
子どもを戦地に送り出した親たちは、傷ついて帰ってきた子どもに何が出来るのか。

逆さまに掲げられた国旗には世界共通の緊急の「Help!!」という意味があるそうです。

強いメッセージが胸に突き刺さる反戦映画でした。

『クラッシュ』で見せたポール・ハギス節も情感たっぷり。

jesterのお好み度は ☆☆☆☆− でございました〜〜


『ノーカントリー』で荒んだ現代社会に戸惑う老人警官を演じたトミー・リー・ジョーンズが、今回も、自分の現役時代とは違う、今の軍隊に戸惑いながら、必死で息子を探す父親ハンクを好演しています。


それと、刑事エミリーを演じたシャーリーズ・セロン、上手いです〜〜
上手すぎてむかつくほどパンチ(殴)
職場で嫌がらせに耐えつつ、正義感も保ち続け、息子と2人の生活を守ろうとするシングルマザーを、絵を描いたように真直に演じてます。

ま、ハンクもそうだけど、エミリーも完璧すぎてわかりやすくて、もうちょっとキャラクターに遊びがあったら複雑さがまして、リアルに味わい深くなったかもという気はします。


ぴかぴか(新しい)そのほか、スーザン・サランドン、ジョナサン・タッカー、ジェームズ・フランコの演技も素晴らしかった。
警察所の所長さん、どこかで見たと思ったら、「アメリカン・ギャングスター」の汚職刑事だったジョシュ・ブローリンでした♪



****以下、ひどいネタバレはないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****


邦題の酷さについてはまたこれもか・・・ですけど、原題「IN THE VALLEY OF ELAH」は、ダビデがゴリアテをやっつけたエラの谷にちなんでいます。

エミリーの息子デイヴィッドにハンクがベッドで彼を寝かしつける時に、
「君の名前のディヴィッド(ダビデ)の話を知っているかい?」といって語って聞かせるのです。

ダビデのお話はご存知の方も多いと思いますが、旧約聖書に出てくる話で、羊飼いの少年のダビデがsling(2つまたの枝にゴムを渡した『パチンコ』のような、石を飛ばすもの)で、それまで無敵だったペリシテ人の巨人兵士を倒す話です。

この話を聞いたディヴィットはエミリーに「僕にもslingを買って」とせがみます。
そして
「でもどうして大人たちは子どものデイヴィッドを戦いに出したのかな?」と尋ねるのです。

これがテーマの根っこの部分を象徴しているようなきがしました。
結果的に映画自体が戦争というものの暗部を告発していますが、決して「暗部の勇気ある告発ストーリー」ではないです。


犬とにかく、トミー・リー・ジョーンズが演じたハンクのキャラクターが魅力的です。

丁寧にシーツのしわを伸ばしてベッドメイクし、靴をぴかぴかに磨いてそろえておくのは、軍隊仕込。
ベッドの角にズボンをこすり続けて、アイロンなしに折り山をピシッとさせようとしたり、身だしなみにも気を使います。
コインランドリーで1枚しかないシャツを洗っていた時に、女性刑事がやってくると、あわてて逃げ出したので、「へ?」と思いましたが、乾燥機に駆け寄って、まだ濡れているシャツを着込んですましているんですね。
そのあとそっと襟首の辺をパタパタさせて、湿気を逃したりして。老いたりとはいえ女性の前で下着のシャツ姿は見せない、プライド高い彼の性格が出ています。

そんな彼なのに、捜査が深みに達し彼の心が乱れていくと、それを象徴するように部屋の中が乱雑になっていく。

女性刑事の息子に、ベッドサイドで本を読んでやるときに、黙って自分が本を読みふけり、「早く僕に読んでよ」といわれると本を投げ出して
「何がなんだかさっぱり意味が分からん」

このとき読んでいるのが、ペンギンブックスの古い版の「THE LION, THE WITCH AND THE WARDROBE」でした。

ナルニア国物語の映画化が続き、世界の一部が浮かれている時に、このセリフ、かなり皮肉が利いていて、笑いました。
ナルニアの中でも子どもたちが戦うのですが、映画版ではその戦闘シーンがやたら強調されていて、jesterは強い違和感をもったのです。
その辺ももしかして今回のテーマに引っ掛けているのかな、とおもうと、ポール・ハギス監督の細かい部分へのこだわりには頭が下がります。

しかし、ま、それらしすぎて、ちょっと各人物像が単純明快すぎるかも。(爆)
もうちょっと人間心理の複雑さの描写も欲しかった感じです。


『クラッシュ』で弟の死体が見つかる、丘の荒地がありました。
遠くに町の灯が煌めき、人々の生活を感じさせるけれど、そこからは離れた荒涼とした場所。
それとほぼ同じ場所に、息子の死体が見つかります。

この息子の死因を追っていくところから物語りは転がり始めるのですが、彼が出会う息子の戦友たちは、一見礼儀正しく、立派な若者たちに見える。

しかし、戦地での異常な体験は彼らの心を蝕んでいるんですね・・・


戦地の息子から「父さん、ここから出して・・・僕を助けて・・・」
という電話があったとき、父親が一番最初に発した言葉は「誰かそばで聞いているか?」でした。
退役軍人としては、こんなみっともない息子の言葉を上官などに聞かれたら恥ずかしい or 息子の恥とでも思ったのでしょうか。

しかし、息子が帰国後失踪した後で、息子から送られた写真や携帯に残されていた動画などから次第に追い詰められていた息子の精神状態にやっと気がつき、あの時自分が動いていたら、と、強い後悔の念とともに、息子の真実を知りたいと必死になる父。

そしてその情熱に動かされて、捜査を続ける女刑事が話しの中心になります。

昔軍隊の警察につとめていたとはいえ、素人を捜査に加わらせるのか?という疑問は残るにしろ、年老いた父親と、はずされものの女性刑事というコンビはくさいながらも上手い構図。

思わずどちらかに共感を持ってみてしまいます。

二人が調べ上げた結末はあまりに悲惨で、ぞっとします。

戦争は人を狂わせる。
決してしてはいけない。
けれど、もう自分にはこの国を止められない。
だれか助けてくれ。


最後に掲げられた星条旗にこめられたメッセージが重くのしかかります。

二人の息子を失う母親(スーザン・サランドン)の気持ちにも引き寄せられ、その後姿に断腸の思いがしました。


反戦映画としては静かなつくりですが、やりきれない親の気持ちが伝わってきて秀逸。
ポール・ハギス監督ならではの、切ない音楽と情感ある風景の切り取り方が、涙をさそうのかもしれません。

ちょっとキャラクター作りがありがち過ぎなのが玉に瑕で、jesterはそれほど泣けませんでしたが、周りからは鼻をすする音が聞こえました。

しかし、全体的に脚本に破綻はなく、最後までぐいぐい引っ張られていく力があったと思います。
見る価値がある映画です。
posted by jester at 09:36| Comment(6) | TrackBack(7) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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