戦争を経て、人間の心がどれだけ破壊されるか。
子どもを戦地に送り出した親たちは、傷ついて帰ってきた子どもに何が出来るのか。

強いメッセージが胸に突き刺さる反戦映画でした。
『クラッシュ』で見せたポール・ハギス節も情感たっぷり。
jesterのお好み度は ☆☆☆☆− でございました〜〜
『ノーカントリー』で荒んだ現代社会に戸惑う老人警官を演じたトミー・リー・ジョーンズが、今回も、自分の現役時代とは違う、今の軍隊に戸惑いながら、必死で息子を探す父親ハンクを好演しています。
それと、刑事エミリーを演じたシャーリーズ・セロン、上手いです〜〜
上手すぎてむかつくほど

職場で嫌がらせに耐えつつ、正義感も保ち続け、息子と2人の生活を守ろうとするシングルマザーを、絵を描いたように真直に演じてます。
ま、ハンクもそうだけど、エミリーも完璧すぎてわかりやすくて、もうちょっとキャラクターに遊びがあったら複雑さがまして、リアルに味わい深くなったかもという気はします。

警察所の所長さん、どこかで見たと思ったら、「アメリカン・ギャングスター」の汚職刑事だったジョシュ・ブローリンでした♪
****以下、ひどいネタバレはないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****
邦題の酷さについてはまたこれもか・・・ですけど、原題「IN THE VALLEY OF ELAH」は、ダビデがゴリアテをやっつけたエラの谷にちなんでいます。
エミリーの息子デイヴィッドにハンクがベッドで彼を寝かしつける時に、
「君の名前のディヴィッド(ダビデ)の話を知っているかい?」といって語って聞かせるのです。
ダビデのお話はご存知の方も多いと思いますが、旧約聖書に出てくる話で、羊飼いの少年のダビデがsling(2つまたの枝にゴムを渡した『パチンコ』のような、石を飛ばすもの)で、それまで無敵だったペリシテ人の巨人兵士を倒す話です。
この話を聞いたディヴィットはエミリーに「僕にもslingを買って」とせがみます。
そして
「でもどうして大人たちは子どものデイヴィッドを戦いに出したのかな?」と尋ねるのです。
これがテーマの根っこの部分を象徴しているようなきがしました。
結果的に映画自体が戦争というものの暗部を告発していますが、決して「暗部の勇気ある告発ストーリー」ではないです。

丁寧にシーツのしわを伸ばしてベッドメイクし、靴をぴかぴかに磨いてそろえておくのは、軍隊仕込。
ベッドの角にズボンをこすり続けて、アイロンなしに折り山をピシッとさせようとしたり、身だしなみにも気を使います。
コインランドリーで1枚しかないシャツを洗っていた時に、女性刑事がやってくると、あわてて逃げ出したので、「へ?」と思いましたが、乾燥機に駆け寄って、まだ濡れているシャツを着込んですましているんですね。
そのあとそっと襟首の辺をパタパタさせて、湿気を逃したりして。老いたりとはいえ女性の前で下着のシャツ姿は見せない、プライド高い彼の性格が出ています。
そんな彼なのに、捜査が深みに達し彼の心が乱れていくと、それを象徴するように部屋の中が乱雑になっていく。
女性刑事の息子に、ベッドサイドで本を読んでやるときに、黙って自分が本を読みふけり、「早く僕に読んでよ」といわれると本を投げ出して
「何がなんだかさっぱり意味が分からん」
このとき読んでいるのが、ペンギンブックスの古い版の「THE LION, THE WITCH AND THE WARDROBE」でした。
ナルニア国物語の映画化が続き、世界の一部が浮かれている時に、このセリフ、かなり皮肉が利いていて、笑いました。
ナルニアの中でも子どもたちが戦うのですが、映画版ではその戦闘シーンがやたら強調されていて、jesterは強い違和感をもったのです。
その辺ももしかして今回のテーマに引っ掛けているのかな、とおもうと、ポール・ハギス監督の細かい部分へのこだわりには頭が下がります。
しかし、ま、それらしすぎて、ちょっと各人物像が単純明快すぎるかも。(爆)
もうちょっと人間心理の複雑さの描写も欲しかった感じです。
『クラッシュ』で弟の死体が見つかる、丘の荒地がありました。
遠くに町の灯が煌めき、人々の生活を感じさせるけれど、そこからは離れた荒涼とした場所。
それとほぼ同じ場所に、息子の死体が見つかります。
この息子の死因を追っていくところから物語りは転がり始めるのですが、彼が出会う息子の戦友たちは、一見礼儀正しく、立派な若者たちに見える。
しかし、戦地での異常な体験は彼らの心を蝕んでいるんですね・・・
戦地の息子から「父さん、ここから出して・・・僕を助けて・・・」
という電話があったとき、父親が一番最初に発した言葉は「誰かそばで聞いているか?」でした。
退役軍人としては、こんなみっともない息子の言葉を上官などに聞かれたら恥ずかしい or 息子の恥とでも思ったのでしょうか。
しかし、息子が帰国後失踪した後で、息子から送られた写真や携帯に残されていた動画などから次第に追い詰められていた息子の精神状態にやっと気がつき、あの時自分が動いていたら、と、強い後悔の念とともに、息子の真実を知りたいと必死になる父。
そしてその情熱に動かされて、捜査を続ける女刑事が話しの中心になります。
昔軍隊の警察につとめていたとはいえ、素人を捜査に加わらせるのか?という疑問は残るにしろ、年老いた父親と、はずされものの女性刑事というコンビはくさいながらも上手い構図。
思わずどちらかに共感を持ってみてしまいます。
二人が調べ上げた結末はあまりに悲惨で、ぞっとします。
戦争は人を狂わせる。
決してしてはいけない。
けれど、もう自分にはこの国を止められない。
だれか助けてくれ。
最後に掲げられた星条旗にこめられたメッセージが重くのしかかります。
二人の息子を失う母親(スーザン・サランドン)の気持ちにも引き寄せられ、その後姿に断腸の思いがしました。
反戦映画としては静かなつくりですが、やりきれない親の気持ちが伝わってきて秀逸。
ポール・ハギス監督ならではの、切ない音楽と情感ある風景の切り取り方が、涙をさそうのかもしれません。
ちょっとキャラクター作りがありがち過ぎなのが玉に瑕で、jesterはそれほど泣けませんでしたが、周りからは鼻をすする音が聞こえました。
しかし、全体的に脚本に破綻はなく、最後までぐいぐい引っ張られていく力があったと思います。
見る価値がある映画です。