2010年02月18日

インビクタス/負けざる者たち INVICTUS

I am the master of my fate.

I am the captain of my soul.

 

ネルソン・マンデラさんをモーガン・フリーマンがやって、監督がクリント・イーストウッドで、助演にラグビーのキャプテン役でマット・デイモン・・・・・

と、こう聞いただけで、大体どんな映画かわかります。(きっぱり)

そして、その通りの映画でした。(きっぱり)

それでも感動しました。(きっぱり)

作り手の伝えたいことがはっきりしていて、それが見る人にストレートに伝わるように作られ、ズ〜ンとくる、意図が成功している映画でした。


以前、『マンデラの名もなき看守』で24のデニス・ヘイスバードがマンデラをやったとき、
「デニスも良かったけど、モーガン・フリーマンを出せ!」
とわめきましたが、まさにそのとおりになったわけで、ま、ちょっと背が高めだけど、やっぱりマンデラを演じさせるならモーガン・フリーマンだな〜 と思ってみておりました。


I am the master of my fate
I am the captain of my soul

というのは、William Ernest Henley の詩ですが、マンデラさんは27年間の刑務所暮らしで、この詩によって、勇気付けられ、頑張ってきたのだそうです。(全文を一番下に引用しておきますね)

これをモーガン・フリーマンが、あの声で、あの口調で、ゆっくりと朗読するのですから、それだけでもう心にしみてきちゃうのですわ。


ストーリーは実話ベースで、95年のワールドカップでのお話なんですが、『スポ根物』ではありません。

テーマは 赦しと始まり とでもいえるかな。

つまりはマンデラさんの生き方に感動しちゃうのですね。
すごい人だなあ・・・・

自分の主張が通って選挙に勝ったとき、今まで圧制に苦しみ、差別と戦ってきた人たちに、

「今までの恨みをあげつらって仕返ししても、なにも始まらない。今は被差別者も差別者もない。国民として心を合わせて、新しい自分たちの国を作っていこう」
と説いていくシーンにはいろいろ考えさせられました。

(日本にはこういう政治家はいないのか??? 国会中継をみていると憂鬱になりまする・・・・)

マンデラさんの日常のエピソードや、それに感動して変わっていく人間関係なども盛り込まれて、あれがリアルだとすれば、まことにマンデラさんは尊敬に値する人物です。


というわけで、マンデラさんに敬意を表して ☆☆☆☆− です。


映画の後半はほとんどラグビーの試合で、満員のスタンド、プレイしている選手、喜んでるマンデラさんや国民たちが映るだけなんですが、そこまでで感情移入しているので、試合の経過には気合が入ってしまいます。


スポーツをツールとして人の心をまとめるというのは、マンデラさんだけじゃなくて、ヒットラーなど歴史の中で為政者たちがやってきたこと。

国対国の試合になれば、愛国心が涌き、いがみ合っていた人たちも心を一つにし、和解することができる。

それは確かなんだけど、その時の高揚感はひと時の事。
その後にどう舵取りするのかが、政治家としての手腕なんじゃないか。


コミュニケーションが薄くなっている現代で、サポーターといわれる人たちがチームの勝敗で盛り上がれるのも確かに楽しいだろうし、集団への帰属意識が味わえて、幸せになるかもしれない。

けれど、自分は苦しいトレーニングを経るわけでもなく、比較的簡単にハッピーになれる分、現実逃避の部分もあって、その帰属意識は冷静になって現実を見つめれば、結構もろいものかもしれない。

フーリガンまで行かないにしても、熱烈なサポーターの言動を見ていると、jesterは少々懐疑的なスタンスなんでございます。

まあ、マンデラさんだってそんなことは充分承知で、それでも、あの歴史的選挙の後の分裂した国をまとめるのに、一つの手がかりとしてスポーツを使い、それに成功したということなのでしょう。


その後の南アフリカを見ていると、まだまだ問題は山積しているようですが、非力なわたくしは、なんとかあの国の人たちが問題を乗り越えて、幸せになってくれるように祈るのみです。


(あと、個人的にはNZのハカが好きなので、試合前のハカのシーンで喜んでました。)




OUT of the night that covers me,
Black as the Pit from pole to pole,
I thank whatever gods may be
For my unconquerable soul.

In the fell clutch of circumstance
I have not winced nor cried aloud.
Under the bludgeonings of chance
My head is bloody, but unbowed.

Beyond this place of wrath and tears
Looms but the Horror of the shade,
And yet the menace of the years
Finds, and shall find, me unafraid.

It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll,
I am the master of my fate:
I am the captain of my soul.

(Invictus by William Ernest Henley)




posted by jester at 11:26| Comment(14) | TrackBack(6) | あ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女(MAN SOM HATAR KVINNOR/THE GIRL WITH THE DRAGON TATTOO/MILLENNIUM: PART 1 - MEN WHO HATE WOMEN)

jesterは活字中毒なんで、たいてい原作→映画という順序で鑑賞することが多いのですが、これはになりました。

内容的には、前回酷評した「ラブリー・ボーン」と重なる部分が多いのですが、それなのに、か、だからこそ、か、コチラは ☆☆☆☆− ぐらいあげてもいいと思いました。

映画館の帰りに、原作の3部作を買い込み、ぐおおおおお〜〜と読んでいる最中です。

でもこれ、原作を読んでから映画をみていたら、きっと星が一個ぐらい減っていたと思います。

原作のほうが面白いもん!(殴

読んでから見たら、きっと
「映画だけみた方は、わかったのでしょうか?」
なんてさかしげにコメントしていたかも。

(今までにも原作→映画の順に鑑賞したものは、こういうコメントが多かったな〜と反省しておりまする。)

でも映画だけみたら面白かったので、やっぱり今のところ、 ☆☆☆☆−あげてもいいかな。

原作と比較しない、というスタンスで。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上『このミス』なんかで入賞し、ミステリー好きからは高く評価されていた原作ですが、原題、MAN SOM HATAR KVINNOR = MEN WHO HATE WOMEN = 女たちを憎む男たち から感じるイメージが悪く、ぱらぱらと書店で見て、なんとなく食指が動かず、読まないでいた本でした。

英語訳で読もうかと思っていたので、英語の本をパラパラしたのですが、しょっぱなからスウェーデン経済&ジャーナリズムの難しい話しと、なれないスウェーデンの名前やらコングロマリットやら会社名やら地名がいっぱい出てくるなあ〜 どうやって読むのかわからなくて、音に出来ないから、おぼえられなくてわからなくなりそうだな〜 しかもなんか込み入った話らしいなあ〜 描写が細かい分テンポが遅そうだし、長いし疲れそうだな〜 という感じで、英語力の乏しさゆえに、書棚に戻してしまったのでした。

しかし、この原作は、ミステリーとしては上出来です。
テーマは好きな部類ではないけれど、著者の確かな知性も感じられます。

ま、原作については読書ブログのゆきてかえりしひびのほうでまたゆっくり語るとして、ここでは映画について。
(本の感想は こちらにあります)

20091005007fl00007viewrsz150x.jpgこの映画でまず惹かれるのは、ノオミ・ラパス演じる天才ハッカーの主人公、リスベットの魅力です。

ニューヒーロー(ヒロインだけど)の登場といっていいでしょう。
そのぐらいかっこいい。

しかも例えば、アンジェリーナ・ジュリーが演じるアクションヒロインのカッコよさと違うの。

子供のころからあらゆる痛みと戦い、本意でなくとも鍛え抜かれてしまった鎧と武器で、残酷な現実を生きていく女性・・・・

ニコリともせず、男性に媚びるところは全くなく、人を頼ることもなく、高い知性と洞察力と才能で、自分に出来ることを淡々としていくカッコよさ。

孤独を怖れず、自分だけを信じて、殻に閉じこもっているけれど、その奥に秘められた真実探求への強い気持ちは、正しいものへの愛にあふれている。

社会的には異端とされ、差別されながら、とりまくブタ野郎(失礼しました)をがしがしやっつけるバネのようなしなやかなフィジカルな強さもしびれます!

猫行け行け! リスベット! ぶっ飛ばせ!!!

と応援したくなるのでございます。


335133view005.jpgそして、その相手がなんとあなた、ミカエル・ニュクヴィストさんですもの。

「歓びを歌に載せて」で役柄に惚れちゃったのですが、なにせあの作品でしか彼を見てなかったもんで、他の作品でも好きかしら?と不安でしたが、やっぱり良かったです!

この人、アップになるとお肌がとってもきちゃないんですが、顔だちはいいんですよね。

リスビットがつくったファイルの中に、この方の若い頃の写真が挟まっているのですが、一瞬見えたそれが 「ガエル・ガルシア・ベルナルに似てる!!!」 のでした。

・・・つまり、ガエルも年取って、シワが増えて、太ると、こうなると。
(いやそれはわかりませんが)

優しそうで、暖かそうで、正義感にあふれ、不器用なほど真面目なかんじの役柄にピッタリでした。


内容についてはミステリーなので触れないほうがいいと思いますが、かなりバイオレンスな描写は満載で、そういうのが苦手なjesterはつらかったです。
(この辺が☆☆☆☆に−をつけた理由です)

それでも尚、見終わった後、「この映画はおもしろかった〜」
といえる映画でございました。


またもやスウェーデン映画のjester的評価がぐぐっとあがった本作です!

ちなみに映画だけご覧になった方は、原作をお読みになることをお勧め致します。

映画ではしょられていて、疑問に思ったことがかなり解決致します。



・・・しかし、ラストのリスベットのカッコ。
あれって男性観客へのサービスのつもりかしら?

最初のパンクなカッコのままのリスベットでバイクをすっ飛ばしていてほしかったなあ〜
posted by jester at 11:25| Comment(6) | TrackBack(1) | ま行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

ラブリーボーン (THE LOVELY BONES)

この映画をこれから絶対ご覧になると心に決めてる方は、以下をスルーしてくださいませ。


jesterはこの映画、だめでした。

『14歳で殺されてしまった少女が、残された家族や友人たちが立ち直っていく姿を天国から見守り続けるファンタジックな感動ドラマ。全世界30か国以上で1,000万部以上を売り上げた原作を、スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮、『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンが監督という豪華布陣で映像化。』(yahoo映画より)

と売り込み文句もキラビやかなんですけどね〜

『ファンタジックな感動ドラマ』って、違うじゃん・・・・・


以下、酷評しています(汗)


『つぐない』のシアーシャ・ローナンが少し成長して、『赤毛のアン』のミーガン・フォローズを思わすような外観になってました。
(ヒロスエにもちょっと似てるかも)
こういう少し陰のあるような役どころが上手いです。

そのお父さんがマーク・ウオールバーグ、お母さんがレイチェル・ワイズ、と豪華な脇役陣。

スーザン・サランドンがおばあちゃんで、まるで「奥様は魔女」のおばあちゃんみたいなお化粧といでたちで登場しますが、出てくるだけ。 使い方、下手すぎじゃないですか・・・・

スタンリー・トゥッチにいたっては・・・・素晴らしい演技だったのですが・・・・だからこそ気持ち悪くてかわいそうでした・・・・・
(結構好きなのに・・・・)


PJ(ピーター・ジャクソン監督)はjesterにとって『気分は家族』みたいなもんです(爆)。

ダイエットして痩せたねといっては喜び、「AVATAR」みたら「きっとPJは口惜しかっただろうね」と(勝手に)同情し・・・・

そのぐらいLOTR(映画、指輪物語3部作)にはいろいろお世話になりました。
その頃できたお友達とはいまだに仲良くしてもらっていて、つい先日も会っておしゃべりし、
「ラブリーボーンはどうなんだろうねえ〜」
なんていっていたので、早速見てきたのですが。

結論から申しますと、最後まで見るのが苦痛でした。


彼がブレイク以前に作った「乙女の祈り」に通じるような残酷なシーンとファンタジーが入り混じる内容で、すごくPJ臭いものだったけれど、結局何が言いたかったのかよくわからず。

これからはPJブランドというだけでは見ないぞ〜〜と思いました。

(PJ、ファン一人減ったかもよ。)

なので星はなし。(きっぱり)


****以下、ネタバレありで、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****




ネタバレが嫌いなので、見る前に人のレビューは読まない主義です。
なので予告編などで見たぐらいの知識で本編を見たのですが、これって「少女を中心とした女性連続殺人鬼とその被害者」の話なんですね。

(ああ、そうわかっていたら見なかったかもしれないのに。)

なんか『死んでしまった少女が、残された家族か誰かを救おうと、霊感の強い人とかを使ったり、必死で伝えようとして、事件を解決に導く』みたいなストーリーなのかな〜 と漠然と思っていたのですが、全然違いました。

明るくて、カメラで写真をとりまくったり、とっさの機転で弟を助けたり、片思いの彼を見つめたり、目をきらきらさせてる少女の姿を生き生き撮れば撮るほど、殺人鬼のダークさが目立つというもの。
その辺は、上手いといえば言えるかも。

罠として作った地下室も、あんな見渡しのいい場所に?とは思うけれど、子どもを誘い込むには絶好の罠です。

しかし、あんなに賢そうで敏感な少女が犯人についていくだろうか?
jesterもほんとに小さかった頃、ああいうのの一歩手前だったのではないかという経験がありますが、なんとなく嫌な予感がして逃げました。
どんなに巧妙に羊の皮をかぶっていても、狼の匂いは隠せないものです。
子どもは子どもなりに、そんな匂いを嗅ぎ付けるもの。


その上、殺人鬼が、狙いをつけて、計画して、準備して・・・・の辺の作り方が、めちゃくちゃ丁寧に描かれていて、盛り上げ方が『PJ臭い』んだけど、くどくて辟易。

『キングコング』の島の人たちの描写もそうだったし、『LOTR』のときのオークとかウルクハイとかジャガイモ君、沼地の描写もそうでした。
わたくし、この辺の『恐怖に関するPJのこだわり』が苦手みたいです。
それがこの映画ではかなり強調されている気がしました。

最後のほうの水中や沼地に沈む少女の死体とか土に埋められた女性の死体とかがたくさん連続してうつるシーンでも、ため息。
「PJ、君もこういうのが好きだよね〜」といいながら目を閉じていました。
悪趣味です。

残酷な殺人シーンやらレイプシーンがないとしても、血だらけの浴室とかナイフとかでもう充分痛いのです。
jesterにとって、女性にとって、女の子の親にとって、これほど見たくないものも他にないほど。

その痛みはたとえ映画だとしても決して味わいたくないけど、そうとは知らずに見始めてしまったので、せめて結末に救いがあるのならいいのですけれど・・・・(汗)


同じような連続殺人鬼もので、犯人も捕まらず、救いのないというと、映画『ゾディアック』を思い出しますが、あれのほうが犯人を追い詰めていく記者の真摯な気持ちに、伝わってくるものがあったのです。


ファンタジーな天国シーンは乙女チックで甘くて綺麗なんだけど、それがスローモーションで繰り返されると、飽きてくるし、テンポが悪すぎて、いらいら。
それでもそれがなにか意味があるのかというと、そうでもないしね。
「あなたの死生観はわかったから、だからなんなの?」と聞きたくなるが、この辺もあいまいなまま。

どんなに惨く汚い死に方をしても、死んだ少女たちは天国では幸せに暮らしている、とでもいいたかったのかしら。
それもちと違和感があります。


父親(マーク・ウオールバーグ)は「娘を愛してる!!!」という割りに、苦悩の表現がガラス瓶を割ったり、表面的な演技ばかりで、実際に娘を奪われた親の胸の痛みとして伝わってこなかったです。
(そんなものは伝わりたくないですが)

証拠もなく暴走するところでは、はらはらというよりも、だめでしょうそれじゃ親として、とたしなめたくなる。
あの髪型は似合わないし。

母親(レイチェル・ワイズ)にいたっては、苦しくなったらさっさと残った幼い子どもや家族をすてて、自分探し(?)に林檎もぎにいっちゃう。
そんな人がいるかどうかは別として、それで立ち直るなんて、共感できません。

サランドンばあちゃんは登場からして意味ありげなのに、家事音痴で、酒飲みで、その他はなんだかよくわからない厚化粧の人って感じでおわったし。

妹は家族の中では健闘していたけど、最初姉なのかと思ってました。だって年上に見えたよ?

霊感少女は最初のモノローグからして、もっと重要な役なのかと思ったけど、あれ? それだけ?って肩透かし。

初恋の人も、眺めてるだけだったのが、突然ロッカーの陰でキス?
はしょりすぎではないかしら。
だってこれが少女の未練として残るわけなんだから。


とにかくどの人物も半端な描きかたで、物足りない。
思わせぶりな伏線ははりまくって、全部はずして、物語の展開が最後まで読めないのはいいとして、ラストになっても終わってもPJの意図が読めなかったです・・・・・・


しかも最後のあれはなんなの??

ツララがキラリ、のシーンで、まさか「天罰でツララが刺さって死にました」かと焦ったら、まあそれよりはひねってあったけど、それにしてもほぼ同じでは・・・・・(汗)


というわけで、強烈に途中で席を蹴って立ちたくなりつつ、我慢に我慢を重ねて最後まで見て、やっと終わって喜んでいたら、エンドクレジットが長すぎで、気味の悪いボーカルだの、やたら甘い音楽がでれでれとかかり、トイレに行きたいという個人的事情もあいまって、
「すこしはAVATARのすっきりしたエンドクレジットを見習え!」とわめきたくなりました・・・・・


お母さんが最初はカミュなんかをベッドで読んでいたのに、だんだんに育児書とか料理本がベッドサイドに詰まれるようになるところとか、途中のPJがカメオ出演して(DEPのシーンで、カメラを抱えてものすごく目立ってました)るのを探して喜んだり、凝ったドールハウスなどの小物やら、死後の世界の描写で好きだなと思うシーンもあったけど、詳しく思い出せば思い出すほどに、突っ込みどころ満載過ぎて、腹が立つので、この辺で本日は強制終了いたします。

映画でも、その他のなんでも、「いいところ・美しいところ・共感できるところを探そう」という主義のjesterなのだけれど、これはほとんどだめでしたわ・・・・・

なのに書いたのは、ひとえにPJへの愛ゆえでございます。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます&ごめんなさいね。

あなたが今日、楽しく過ごされることを祈ってます。(殴


posted by jester at 16:26| Comment(19) | TrackBack(10) | ら行、わ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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