明日へのチケット

ポスターにもチラシにも使われた、この画像の、列車の窓から顔をだして叫ぶ青年たちの表情&ユニフォームと「明日へのチケット」という邦題で、「ああん、もう内容がだいたい読めたぜ」、と早とちりしてしまい、ぐずぐずしているうちに映画館での公開が終わってしまって、結局行けませんでした・・・
しまったなあ〜

でも、ケン・ローチ、アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミの三監督が作っているのだし、と引っかかっていたので、DVD発売で気を取り直して見てみたら、良かったんですよ♪
各監督の優しいまなざしが感じられる人間描写に、ああ、なんかこういう映画見たかったのだな、と思いました。
映画館で見たかった!
インスブルックからローマまでの鉄道旅行(途中乗り換えてると思うけれど)をするアルバニア難民の家族と、その列車に同乗した人々の話が淡々と語られます。
隣り合わせた人それぞれにドラマを抱えているのです。
オルミー監督の、食堂車に座る老人と取引先の秘書の女性の淡い想いを描いているエピソードが1つ目の話。
老人の子供時代の「ピアノを弾く少女」のほろ苦い思い出が現実にフラッシュバックします。

「僕を葬る」でも良かったけれど、今回も素敵!
来月公開される「プロバンスの贈り物」にもでてますよね。(ラッセル・クロウが主演のラブストーリーというと少々考えちゃいますが・・・)
彼女の瞳の煌めきは、老人の妄想が大分入っているかなと思うけれど、彼女に宛てたメールを書いては消ししている老人が、最後、ミルクを片手に現実に立ち向かっていくのがいい。
こういう大げさでない、小さな行動ってかえって胸に響きます。
自分の孫をいとおしく思うおじいちゃんだからこそ、ただ座ってみているわけには行かなかったのですよね。
しかも最後まで見せないあっさりした終わり方が粋です!

わがままな中年女性と、その荷物を大量に抱えた青年。
最初親子?と思うけれど、さにあらず。
女性は今はなき軍隊の偉い人の妻で、この人に仕えるのが青年の兵役拒否のボランティアの仕事のようです。
この女性がすごい人で・・・、ド〜〜ンと太った姿だけでもかなりなのに、二等の切符で一等席に陣取りヒステリックに怒鳴り散らす、理屈の通らないとっても嫌な人。
後半、逃げた青年を執拗に追いかける女性の鬼気迫る姿には、「うぎゃあ、見つかる〜〜」とホラー並みにどきどき。
でもそれだけで終わらないのがさすが。
「この人、携帯も盗んだの?」という観客の思い込みを誘い、それをあっけなく覆して見せる。うまいなあ。
多分若かりし頃はほっそりして美しく、周囲の男性からちやほやされたために、わがまま邦題が通ってしまってここまで過ごしてきたのだろう女性の、夫に先立たれ、現実に直面してとまどう瞳。
男性の目を集める美しき若い女性を見る、彼女の目。
そして列車の行き止まりのコンパートメントでつくため息。
降りた駅でぼおっと荷物に腰掛ける姿は哀れです。
いやな人だな・・・と思いつつ見てたのに、いつの間にかちょっと同情してたりする。
お願い、誰か彼女にまっとうな人間づきあいを教えてあげて〜〜
無駄のない抑制された表現で、盛りを過ぎたのに精神的に成長していない人間の焦りととまどい、そして誰にも必ず訪れる老いの悲哀を浮き彫りにしています。

サッカーチーム、セルティックのサポーターの青年3人がスコットランドからサッカーの応援のためにローマに向かう途中、アルバニア難民にチケットを盗まれるエピソード。
あんまり「いけてない」若者の彼ら。
デオドラントをパンツの中までシュッシュしたり、(多分職場のスーパーで売れ残りの)サンドイッチを大量に持ってきて食費を節約したり。
命がけの難民も大変だけれど、スーパーに勤めてこつこつお金を貯めて、試合を見に行く彼らだって決して裕福なわけじゃない。
もう一人分の列車のチケット代を出すことも出来ないぐらい。
その中で、「自分たちにできることなんかないよ」と一番難民につらく当たっていたフランクが最後に彼らに見せる情け。
自分の無力を知りつつ、思わず手を伸べてしまう、その心に共鳴しちゃいます。
実はjesterは、「そのスポーツチームが好き同士」というだけで刹那的に周囲が見えぬほど盛り上がれる「サポーターの乗り」は、どちらかというと遠巻きにながめてしまうほうです。
(楽しい気持ちは分かるんだけど・・・・サポーターの方たち、ごめんなさいね・・・)
特にヨーロッパのサッカーのフーリガンと呼ばれる人たちの行動を見ていると、個人的な相互理解はないのに、あそこまで瞬時に熱狂できるのはなんとなく怖い・・・。
ああいう集団は悪い意図を持って扇動しようとすれば簡単に操作できますよね。
でもこの映画の最後の「サポーターのふれあい」は理屈抜きでちょっとすがすがしくてよかったな。
もしかしていろいろな難しい問題を片付けるのは、こんな簡単なコミュニケーションなのかも、と思わせてくれました。
最後に全部のエピソードがまとまるのかと思っていたら、なんとなく終わってしまったので、少し物足りない感じをもたれるかたもいるかもしれませんが、深いものを描いているのに饒舌になりすぎないところが、余韻をじんわりと味わうことが出来るラストで、ぜひ映画館で見て、もらった思いを抱えて帰り道歩きたかったな〜 なんて思いました。
残念!
せめて題名だけでも「明日への」をはずして「チケット」だけにしてもらえなかったかしらねえ・・・・・
