2010年08月02日

借りぐらしのアリエッティ

自分の家の床下に小人が住んでいたら・・・・

小さい入れ物にミルクを入れて小人に上げるのは、いぬいとみこさんの「木かげの家の小人たち」でしたっけ。
(昔に読んだきりなので、ごちゃごちゃになってます。)

メアリー・ノートンさんはどこかで「鼠を小人に見立てて書いた」みたいにいっていた気がします。
「借りぐらし」と言葉はいいけど、まあ実際は「盗み暮らしのアリエッティ」で、いつか返す気はないんですよね。


床下の小さいおうち。

米粒ほどのトランプ柄のティーカップ(結構ツボだった)に、表面張力で盛り上がるお茶。
羽ペンの羽根は蚊の羽?
イギリス製の豪華な人形の家。
対比的に、床下の小人の家はフランスっぽくて(?)人間の家から『借り』てきた鉛筆のキャップやらものさしやらが道具や家具になったり階段になったり、その辺がとっても楽しくて、うふふふふ〜の導入でしたが・・・・


見終わってjesterのお好み度は ☆☆☆− ぐらいかな。


なんかストーリーが響いてこなかったのでした。
予告を見て期待し過ぎかも。(またかよ。)

何でだろうと考えると、・・・・主役2人のキャラが練り不足。

どっちにもあまり共感できず・・・

一番好きだったのはアリエッティのお母さんかしら。
おばあさんのような容貌なのに、キャピキャピした物言いと、可愛い性格が受けました。


確かに音響とアニメの絵は素晴らしいのです。

これでもか、これでもか、と描きこみ、こだわってるのが判ります。

しかし映画はまずストーリーだって思っているjesterにしては、逆にそのこだわりが『うざい』(嫌な言葉と思いつつ、心境にピッタリなので)


例えば自然描写やら、おばあさんの乗ってるベンツがアイドリングしてる時のぶれとか、おばあさんが乗ったときちょっと車高が下がったり、全編に行き届いたアニメの凝りが、ぎゃくに内容のなさを目立たせてしまった感じ。

大昔ですが、「おおやちき」さんという漫画家さんがいて、とっても凝りまくった美しい絵柄だったのですが、ストーリーがほとんど空振りしていた・・・・。

結局彼女は漫画家からイラストレーターに転身したように記憶しておりますが、それが正解だったなと思います。

米林宏昌さんはアニメーターとしては一流なのかもしれないけれど、映画監督としてはまだまだなのかもと思いました。



****以下、ネタバレと申しますか、映画の内容に触れてます。未見の方、ご注意ください!****




ストーリーはアリエッティが初盗み(爆)に入る辺まではカマドウマがはねてたり、ゴキブリが出てきたり、ミッションインポッシブル並の(?)アクションも、とても楽しめてよかったのですが、その後がたるみがちで、もっとテンポよく出来たはずなのに、ジブリらしからぬ(?)やけにのろのろした展開。

目をきらきらさせて見詰め合う二人、なんて、さっさと切り上げて、もっと小人の生活を見せてほしい。


お手伝いさんのキャラを樹木希林に頼り切って、ことさらに醜くアップにしたりいろんな表情をさせるのも不快でしたが、その上主人公の男の子の無表情が寂しくて、たとえ心臓の病があったとしても、小人を見ても驚きもせず、「君たちは滅びる種族だ」などとのたまう共感できないキャラが、なぜ突然最後に「君に勇気をもらった。君はぼくの心臓の一部」なんてのたまうのか・・・・
jesterにはその辺が不完全燃焼におわりました。

「おそばみに」なんてクリップを渡すのも、
「そんな言葉があったのね〜 美しい日本語だわ〜」と驚いてもらおうというのが見え見えじゃございません?
広辞苑にも載ってないような言葉を〆に使うのも、なんか臭いなあ・・・・


小人を捕まえたいお手伝いさんも、なんで殺鼠業者なんて呼ぶんでしょう?
ペストコントロールの噴霧器をもってうろうろしてましたよね。
「生け捕りにして」というのだからネズミ捕りを仕掛けて欲しいのかもしれないけれど、小人はうかうかとネズミ捕りにはかからない気がします。


それから、猫は獲物を追ってる時に逃しても、口惜しがってあんな「ふぎゃあ!」なんてみっともない声を出しません。
失敗したら照れ隠しに、誰にもわからぬように立ち去り、陰でこっそり背中をなめて自分を慰めるぐらいプライドの高い動物なんです。
あれはシッポを踏まれた時の声でしょう。
(ごめんね、ロッタ。今朝も踏んだね。)

そうそう、トトロの顔って猫なんですね。
ラストシーンのミーヤを見ていて思いました。

それと、おばあさんが人形の家のティーポットを開けて「ハーブのいい香り」っていってたけど、あれはきっと角砂糖を入れたがっていたシソ茶よね。
(小さい葉っぱだけど、シソの形してたし)
日本人がシソの匂い嗅いで「ハーブ」っていうかなあ?



・・・・すみません、なんか見ているときに引っかかっていた小さな事が次々沸いてきて、アラ捜しみたいになって来たので、この記事はこの辺で強制終了致します。
posted by jester at 11:49| Comment(0) | TrackBack(3) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

グーグーだって猫である

最初にお断りして置きますと、jesterは

1、大島弓子さんの大ファンで、中学の頃から彼女の書いた漫画は全部読んでいるし、セリフもほとんど暗記しているほど読み返している。
人格形成にもかなり影響があったと思われる。

2、いうまでもないけれど、猫が大好き。


でございます。

だもんで、この映画を冷静に見られるはずもなく、以上の2点をクリアしてない方が、この映画をみてどう思われるのかを想像することが難しいです。

そんなjesterのお好み度は ☆☆☆☆+ でした♪

グーグーだって猫である
原作はお読みになった方いらっしゃるかしら?

jesterの読書ブログでもご紹介したことがあるのですが、12回手塚治虫文化賞短編賞もとったし、こうして映画化されるということは、広く読まれているということなのかもしれませんね。

(ちなみに手塚治虫文化賞を受賞/ノミネートされた作品って、どれも傑作が多いです。
とくに少女マンガの分野でのこれらは、わかってるぅ!という感じで、どれも読んで損のない傑作ぞろいばかりです。 
なんか面白い漫画がないかな〜と思ったら、これらを検索してみてください♪)

最近の大島弓子さんは、こういうギャグタッチの猫エッセイみたいな作品が多いのですけれど、長年のファンとしては、それでも充分嬉しいのです。

彼女の独特の情緒ある空間処理の仕方、断片的な動きの捉え方、鋭い切り込みのセリフは、ギャグタッチのなかでも充分生かされてます。

まあ、漫画そのものについては、すでに読書ブログで少し書いてますし、これ以上はまた別のところでいつか語ることにするとして・・・・

とにかく、独特の世界を築きあげた漫画家さんで、jesterは新作がでれば今でも必ず買ってます。

グーグーシリーズは4巻まで出ているし、小さい版も売り出されたらしいですね。
(MARYさんに教えていただきました。)
(ただし個人的には、漫画は文庫版より、オリジナルに少しでも近い、大きいサイズで読むのが好きです。絵を楽しむのも重要な要素ですから。)

ストーリーは、猫を飼っている漫画家の日常が、他の猫を拾ったり、病気にかかったことなどをからめ、淡々と綴られています。

だから映画になるときいて、どうやって? と、興味深々でした。


映画は漫画と設定は似ていますが、エッセンスはところどころ使われているものの、ほとんど違う話に出来上がっています。

猫は出てくるし、大島弓子さんの漫画の原稿がいっぱい出てくるので、それだけで1ファンとしては満足でしたが、あの「グーグー」を再現してくれると期待しているとがっかりするかもしれません。


しかし、「西の魔女が死んだ」でも思ったのですが、原作ファンとはわがままなもので、原作に忠実に再現してくれれば満足するというものでもないのですね〜あせあせ(飛び散る汗)

原作を愛すれば愛するほど、自分の思い込みがあり、それと違うとがっかりすることがあるし、なまじ忠実に作ってあると、愛ゆえに複雑な心境で、まるで間違い探しのようなことをして、しかもそれが許せない相違だと、全体的に乗れなくなってしまう。

けれど、違えば違ったなりに、「ああ、そういう解釈なのね〜」って面白がれる時もあります。

今回はjesterは結構面白がってみることが出来ました。


小泉今日子は、キャストを聞いたときには「え〜〜〜下膨れじゃないのに」(殴)と少し不安に思ったのですが、見てみたらなかなか良くて、好きになりました。
落ち着いた話し方が好感が持てました。

もともと大島弓子さんは、お写真などを載せることを嫌う方で、jesterほどのファンでも、お顔を見たことがほとんどありません。
なので、途中からはもしかして小泉今日子さんみたいなお顔なのかも、なんて思い込んじゃってみてました。(ないって)

上野樹里は相変わらず達者で、安心してみてられます。

あと、梅図かずおさんとか、漫画家さんがカメオ出演してます。
ちょっと「内部受け」ののりも。

大体梅図さんって大島さんと仲がいいの???
マスコミに顔が売れているから?

しかし大島さんの漫画を映画にするのに出るなら木原としえさんだろう? なんて考えてました。
(でも木原さんは映画出演なんてお断りになるのかもですが)



****以下、ネタバレないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****



窓の外をそっと覗く猫、サバ。
そして家の中の人間たちの喧騒をみて、じっと静かに座っている。

出だしのサバとのシーンからじわ〜〜っときた私だったので、タイトル前に「もうお前はすでに泣いている」状態だったのですが、それからの展開は、最初は案の定、間違い探しみたいになってしまいました。

でもしばらくして、「これはまったく別のストーリーなんだな〜」と思って見だしたら、楽しむことが出来ました。

(ま、協賛の「ニャントモ清潔トイレ」とかいうのが何回も出てくるのはうざかったですが)

なんで外人が英語でナレーター?とか、突然出てくる双子みたいな占いのオバサン(「ゴーメン・ガースト」の双子のオバサンみたいでした)なんか、シュールで面白い。

吉祥寺という街も好きなんで、メンチカツが食べたくなったり、井の頭公園に行きたくなったりしました。


犬原作には全くない、麻子さんの恋愛についてのお話が結構大部分を占めているのですが、コレについては原作者の大島さんはどうおもわれたのでしょう・・・

若いお医者さんとなんとか、っていうのはまあないとしても、編集者とのあれこれとか、「実は実話だったりして?」なんて勘ぐられたりしないでしょうか。

わたしにとっての大島弓子さんはそういう次元の恋愛(どういう次元だよ)とはかけ離れている人なので、その辺は疑問です。

自分が恋愛をするようになった頃、大島さんの漫画を読み返してみて、「ああ、大島さんの漫画に出てくるような男性って、現実にはいないんだな・・・・」と思ったことがあります。

「こういう漫画ばかり読んでいて、これがリアルであると思っていると、一生恋愛ができないかもしれない」などとも思いました。

大島さんの漫画自体は、恋愛がテーマというより、恋愛を材料として使っていても、実際は少女のモノローグであらわされるピュアな心理とか、もっと深いところにテーマがあったりするのですが、出てくる男性は、心の汚れや生臭みがなくて、天使みたいに心と体が軽いと申しましょうか、発想が女性的と申しましょうか、とにかくあまり現実味がないキャラが多いのです。

なので、著者は血の通った人間なのに、なんとなく「この漫画を書いた人は、現実の恋愛をすることはないんじゃないか」みたいなことを、勝手に心のどこかで思っていた気がします。

それは決して欠点を指摘しているつもりではなく、どちらかといえばそういう人間への憧れみたいなものでした。
「少女趣味」とかいう言葉ではくくれない、ピュアで静謐な世界なのです。
だからこそファンであるともいえます。

なので、この映画のこの部分に関しては「これは原作とは違うストーリーの映画である」と思いつつも、違和感は残りました。

いっそのこと、恋愛要素は抜いてくれたほうが、jesterにとっては良かったのですが、それじゃ時間が持たないし、一般受けしないって事なんでしょうね。


猫それでも、最後近くのサバとの対話は良かったです。

暗い、寒い中をさまよったあげく、導かれてたどり着いた、誰もいないのにストーブのついた、夢の中のようなカフェ。
人間の姿をした、逝ってしまった猫と静かに語らうひと時。

あんなことを猫がいってくれるとは、自分のうちの猫を見ていても思えないけれど、でも、生き物(猫)と生き物(人間)が寄りそって暮らすって、ああいうことなんじゃないかって思ったのです

なんだか、映画館を出た後、いろんな生き物への愛が、自分の中にあふれてくるのを感じつつ家路をたどり、家についたら、猫を「ぎゅっとしてちゅ」したjesterでした。

(北京オリンピックフェンシング銀メダルの太田雄貴選手&そのお母さんのファンです♪)
posted by jester at 13:36| Comment(8) | TrackBack(3) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

崖の上のポニョ その2

さて、本編について。
前回前置きをたらたらやってしまったので、さらっといきます。
(下の記事からの続きです♪)


(****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****)


出だし、慈母観音を思い起こさせるフジモトの画像。
この辺からも宮崎監督が意図していたことが読み取れる気がしました。

そして、海の中のリアルだけど不思議な映像に引き込まれました。

jesterは海にもぐるの大好きなんですが、海って本当に地上とは別世界で、まるでSFなんです。

ぽにょ2.jpgタンクを背負って潜ると、その3次元で上下にも移動できる独特の浮遊感と、生きてる生き物の奇妙な形、水の圧迫感と、自分の呼吸音に包まれる孤独感に、毎回驚かされます。
自分の手なのに、自分の手じゃないみたいな感じ。
すぐそこにありそうで、光が屈折してて実は遠かったり。
現実なのに、妙に非現実な世界があります。

でもテレビの画像なんかでみると、そういう感動があまり伝わらずに、ただ平面的な「海の中の映像」になっちゃうことが多いんですよ。

それが、この映画では結構伝わってきた感じがします。
それだけでかなり満足しました。黒ハート

洪水で海の下に沈んだ町の様子もシュールで素敵。
洗濯物がゆらゆら漂ってて。
あの、海中で感じる不思議な浮遊感が上手に表現されてると思いました。


猫登場するメインキャラクターはいつもの宮崎節。

元気のいい背筋の伸びたボーイッシュな女性、物分りのいい元気な子ども、可愛らしいおばあちゃんたち・・・・

宗介のお母さんのリサなんて、jesterはお友達になりたい♪
あんなまっすぐな余裕のあるお母さんばかりだったら、この世の子どもはみんなすくすく育ちそうです。

ま、jesterにとっては気持ちいい連中だけど、でも確かに見る人が見たら臭いし疲れるのかもしれないです。

宮崎監督は売れなかった時代、「トトロ」や「ナウシカ」など、今では名作といえるものたちでも、どこに企画を持ち込んでも採用されなかったそうです。

「宮崎の描くものは馬糞くさい」

といわれたそう。
(NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組でいってました。)

彼の作品に拒否反応を示す人たちが引っかかるのはこの辺なのかもしれません。

jesterも気にならないといったら嘘になるんですけど。
わりとワンパターンですしね。

でも彼の描くものに同調する部分があるのです。

ストーリーの骨格の弱さも言われることがありますね。
確かにこの話も、最後に宗介に出される課題が課題といえないようなものだったり、そうなのに周りが大騒ぎしてるような気もします。

でも、洪水で街が水に沈んでも、やたらとポジティブで明るい人たちやら、おばあちゃんと子どもが、同じぐらい軽い心で人生を楽しんでいるようすなんか、日々現実の辛いニュース映像に、見まいとしてもなお、さらされている目には、眼福なんでございます。

そして、こんな風な世界になってほしい、生まれてくるこどもたちにこんな世界を見せたい、という監督の想い。

それは『老人の妄想』なんかじゃないですexclamation×2

jesterも宮崎監督に共感します!

こういう想いがどんどんつながって、小さな根になって広がり、やがて芽吹いて、世界中に広がって、どこの国でも、どんな紛争地域でも、大人たちが恨みや憎しみ、欲得やダークな心や武器を捨てて、子どもたちにポジティブで明るい安心して育つことができる地球を残せたら・・・・

ねえ、そんなこと、妄想しちゃうんですよ。

(BGM Imagine♪ by John Lennon)

酔いしれて臭くなっちゃってごめんなさい。パンチパンチパンチ
実際jesterも心底 馬糞くさい 猫○臭い(やめれ)人間なんでございました。
posted by jester at 20:22| Comment(8) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

奇跡のシンフォニー AUGUST RUSH

とにかくジョナサン・リス・マイヤーズがでるっていうので、噂の段階からとってもとっても期待していた『AUGUST RUSH』。

しかもフレディ・ハイモア君の父親役?? なんて盛り上がっておりました。

まあ、なんか邦題がすごいことになっているので、やな予感もしてたのですが・・・・

公開されて5日目に早速見てきました。(相変わらず今はむかし・・・です・・・あせあせ(飛び散る汗)

august2.jpg

うむむ〜 

これはジョナサンのプロモーションビデオですか? というほど、ジョナサンファンには嬉しいアップの連続で、目が釘付け。
歌も演技も、ファンの方には嬉しい作品でしたでしょう。


でもお話はちょっとご都合主義。パンチ(殴
というか、リアリティがない『奇跡の』ファンタジーなんですね。
そこに酔えるかどうかがこの映画にひたれるかどうかのポイントだと思うのですが・・・

ファンタジーならもっと思いっきりファンタジーの作りにしてくれないと、乗りそこないます・・・


出だしの麦畑シーンで「歓びを歌に載せて」的な展開を予測したjesterのお好み度は ☆☆+ ぐらいでした。(涙


なので、辛口です。
この映画がお好きな方はどうぞスルーしてくださいませ。


****以下、ネタバレあります。映画の内容に触れてます。未見の方、ご注意ください!****



クリスマス   クリスマス   クリスマス    クリスマス 

  

俳優さんたちは、良かったんですわ。
ジョナサンは歌も演技も○で、もちろんのこと、ハイモアくんも上手いし、ケリー・ラッセルも「ウエイトレス」の時より綺麗に見えました。
(入院シーンの顔は怖かったけど・・・・)

(あ、ロビン・ウィリアムズは今回jester的にはだめでした。
だって彼が出てきた時点で、ある程度話の先が予測できちゃうんだもん。)


出だしの辺の、周囲のすべてに音楽を聴くハイモア君のシーンはよかったんですけどね〜
すべてのものに音楽があるって本当だと思います。
純粋そのものっていう感じのハイモア君の演技も素晴らしかった。

アーサーやホープが歌うシーンも、声が綺麗でうっとり。
歌が上手いっていいな♪と思いました。

あとね、ジョナサンとケリー・ラッセルが恋に落ちるシーンもなかなかでした。


こ、これはいけそうだ!と思って見ていて、・・・だんだんに見ていて恥ずかしい展開に・・・。

ギターも最初はたたいてるだけだけど、それで弾き方までわかるか?とか、パイプオルガンの操作が見ただけでわかってひきこなしちゃうとか、いっくら音楽の天才でもあれは絶対ないだろう・・・というエピソードが次々とでてきて、どんなにジョナサンにうっとりしていても現実に引き戻されてしまう。
自分がその楽器を楽器を本当にやっている人なら「ありえね〜〜!」と頭をかきむしるのではないでしょうか・・・
(jesterもギター弾きの端くれなので、納得できませんでした。)

しかも、仮にも自分の孫なのに「死んだ」といって孤児院送り・・・いくら娘可愛さでも、そんな爺さんいるだろうか?? 
普通の学校も出ていないのに、ジュリアードに突然入って、書いた曲がコンサートで?? などなど、細かい突っ込みどころは満載過ぎて、まあ〜 いちいち書きませんけれど・・・

天才話は好きなjesterなんですが、あまりにキャラクター作りが荒くて・・・ちょっと酔えませんでした。


猫映画が進むと、まさか最後に偶然関係者があつまってばったり会って・・・・めでたしめでたしじゃないでしょうね!!
とまた嫌な予感が・・・(爆)

こういうパターンって、中国映画によくありますがね。


犬まあこの映画を見たのが、リアリティにあふれた『Eastern Promises』と、すぐれた脚本の『Juno』を見た直後で、しかも一緒に見にいったのが、『Eastern Promises』を一緒に(試写会&初日)みたどっぶりヴィゴ道の先輩だったこともあり、ふたりでぶつぶつ文句を垂れながらそのあとご飯を食べて帰ってきましたとさ。

(大体あの曲はシンフォニーではありませんし・・・。あせあせ(飛び散る汗)


posted by jester at 11:22| Comment(19) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月06日

告発のとき IN THE VALLEY OF ELAH

邦題とかトレーラーから、「息子の失踪事件を調査するうちに、軍の機密的な暗部(麻薬の密輸とか?)を探し当て、それを勇気を持って告発する父親」の話なのかと思ってましたが、そうじゃなかったです。

戦争を経て、人間の心がどれだけ破壊されるか。
子どもを戦地に送り出した親たちは、傷ついて帰ってきた子どもに何が出来るのか。

逆さまに掲げられた国旗には世界共通の緊急の「Help!!」という意味があるそうです。

強いメッセージが胸に突き刺さる反戦映画でした。

『クラッシュ』で見せたポール・ハギス節も情感たっぷり。

jesterのお好み度は ☆☆☆☆− でございました〜〜


『ノーカントリー』で荒んだ現代社会に戸惑う老人警官を演じたトミー・リー・ジョーンズが、今回も、自分の現役時代とは違う、今の軍隊に戸惑いながら、必死で息子を探す父親ハンクを好演しています。


それと、刑事エミリーを演じたシャーリーズ・セロン、上手いです〜〜
上手すぎてむかつくほどパンチ(殴)
職場で嫌がらせに耐えつつ、正義感も保ち続け、息子と2人の生活を守ろうとするシングルマザーを、絵を描いたように真直に演じてます。

ま、ハンクもそうだけど、エミリーも完璧すぎてわかりやすくて、もうちょっとキャラクターに遊びがあったら複雑さがまして、リアルに味わい深くなったかもという気はします。


ぴかぴか(新しい)そのほか、スーザン・サランドン、ジョナサン・タッカー、ジェームズ・フランコの演技も素晴らしかった。
警察所の所長さん、どこかで見たと思ったら、「アメリカン・ギャングスター」の汚職刑事だったジョシュ・ブローリンでした♪



****以下、ひどいネタバレはないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****


邦題の酷さについてはまたこれもか・・・ですけど、原題「IN THE VALLEY OF ELAH」は、ダビデがゴリアテをやっつけたエラの谷にちなんでいます。

エミリーの息子デイヴィッドにハンクがベッドで彼を寝かしつける時に、
「君の名前のディヴィッド(ダビデ)の話を知っているかい?」といって語って聞かせるのです。

ダビデのお話はご存知の方も多いと思いますが、旧約聖書に出てくる話で、羊飼いの少年のダビデがsling(2つまたの枝にゴムを渡した『パチンコ』のような、石を飛ばすもの)で、それまで無敵だったペリシテ人の巨人兵士を倒す話です。

この話を聞いたディヴィットはエミリーに「僕にもslingを買って」とせがみます。
そして
「でもどうして大人たちは子どものデイヴィッドを戦いに出したのかな?」と尋ねるのです。

これがテーマの根っこの部分を象徴しているようなきがしました。
結果的に映画自体が戦争というものの暗部を告発していますが、決して「暗部の勇気ある告発ストーリー」ではないです。


犬とにかく、トミー・リー・ジョーンズが演じたハンクのキャラクターが魅力的です。

丁寧にシーツのしわを伸ばしてベッドメイクし、靴をぴかぴかに磨いてそろえておくのは、軍隊仕込。
ベッドの角にズボンをこすり続けて、アイロンなしに折り山をピシッとさせようとしたり、身だしなみにも気を使います。
コインランドリーで1枚しかないシャツを洗っていた時に、女性刑事がやってくると、あわてて逃げ出したので、「へ?」と思いましたが、乾燥機に駆け寄って、まだ濡れているシャツを着込んですましているんですね。
そのあとそっと襟首の辺をパタパタさせて、湿気を逃したりして。老いたりとはいえ女性の前で下着のシャツ姿は見せない、プライド高い彼の性格が出ています。

そんな彼なのに、捜査が深みに達し彼の心が乱れていくと、それを象徴するように部屋の中が乱雑になっていく。

女性刑事の息子に、ベッドサイドで本を読んでやるときに、黙って自分が本を読みふけり、「早く僕に読んでよ」といわれると本を投げ出して
「何がなんだかさっぱり意味が分からん」

このとき読んでいるのが、ペンギンブックスの古い版の「THE LION, THE WITCH AND THE WARDROBE」でした。

ナルニア国物語の映画化が続き、世界の一部が浮かれている時に、このセリフ、かなり皮肉が利いていて、笑いました。
ナルニアの中でも子どもたちが戦うのですが、映画版ではその戦闘シーンがやたら強調されていて、jesterは強い違和感をもったのです。
その辺ももしかして今回のテーマに引っ掛けているのかな、とおもうと、ポール・ハギス監督の細かい部分へのこだわりには頭が下がります。

しかし、ま、それらしすぎて、ちょっと各人物像が単純明快すぎるかも。(爆)
もうちょっと人間心理の複雑さの描写も欲しかった感じです。


『クラッシュ』で弟の死体が見つかる、丘の荒地がありました。
遠くに町の灯が煌めき、人々の生活を感じさせるけれど、そこからは離れた荒涼とした場所。
それとほぼ同じ場所に、息子の死体が見つかります。

この息子の死因を追っていくところから物語りは転がり始めるのですが、彼が出会う息子の戦友たちは、一見礼儀正しく、立派な若者たちに見える。

しかし、戦地での異常な体験は彼らの心を蝕んでいるんですね・・・


戦地の息子から「父さん、ここから出して・・・僕を助けて・・・」
という電話があったとき、父親が一番最初に発した言葉は「誰かそばで聞いているか?」でした。
退役軍人としては、こんなみっともない息子の言葉を上官などに聞かれたら恥ずかしい or 息子の恥とでも思ったのでしょうか。

しかし、息子が帰国後失踪した後で、息子から送られた写真や携帯に残されていた動画などから次第に追い詰められていた息子の精神状態にやっと気がつき、あの時自分が動いていたら、と、強い後悔の念とともに、息子の真実を知りたいと必死になる父。

そしてその情熱に動かされて、捜査を続ける女刑事が話しの中心になります。

昔軍隊の警察につとめていたとはいえ、素人を捜査に加わらせるのか?という疑問は残るにしろ、年老いた父親と、はずされものの女性刑事というコンビはくさいながらも上手い構図。

思わずどちらかに共感を持ってみてしまいます。

二人が調べ上げた結末はあまりに悲惨で、ぞっとします。

戦争は人を狂わせる。
決してしてはいけない。
けれど、もう自分にはこの国を止められない。
だれか助けてくれ。


最後に掲げられた星条旗にこめられたメッセージが重くのしかかります。

二人の息子を失う母親(スーザン・サランドン)の気持ちにも引き寄せられ、その後姿に断腸の思いがしました。


反戦映画としては静かなつくりですが、やりきれない親の気持ちが伝わってきて秀逸。
ポール・ハギス監督ならではの、切ない音楽と情感ある風景の切り取り方が、涙をさそうのかもしれません。

ちょっとキャラクター作りがありがち過ぎなのが玉に瑕で、jesterはそれほど泣けませんでしたが、周りからは鼻をすする音が聞こえました。

しかし、全体的に脚本に破綻はなく、最後までぐいぐい引っ張られていく力があったと思います。
見る価値がある映画です。
posted by jester at 09:36| Comment(6) | TrackBack(7) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

悲しみが乾くまで THINGS WE LOST IN THE FIRE

『愛するものとの離別・喪失と絶望、そしてそこからの再生』は、人間が生きていく時、誰でも多かれ少なかれ経験し、乗り越えなければならないことのひとつであり、だからこそ文学や映画や音楽など芸術の永遠のテーマになる。

けれどそれゆえに、安っぽいメロドラマのインスタント味付けにはもってこいだし、J・ブラッカイマーやD・クーンツなどなどが使い古しのテーマに深みが出せるかもとしょっちゅう引っ張り出すもんだから、お茶の間では「ああ〜またね」とすっかりおなじみの、よって何の感慨も引き起こさないものになりがち。


スザンネ・ビアは一貫して、このテーマを地味に、地道に、正面から掘り下げている監督です。
幸せの情景が崩壊していく過程、その後の荒廃、そしてそこに希望の光が少しずつ射す様子を、小さな心の揺れを逃さずに丹念に撮っていくのがその手法。

『アフター・ウエディング』でアカデミーのスポットを浴びたためか、このたびデンマークからハリウッドに移って撮った一作目。
これは、先日見た『マイ・ブルーベリー・ナイツ』のウォン・カーウァイと同じパターンです。

なのでまたまたjesterは、「ハリウッドで大丈夫なのか、スザンネ?」あせあせ(飛び散る汗)と心配しつつ映画館へ参りましたが、スザンネもアメリカに行っても、ちゃんとスザンネしてました♪

目や顔の一部のドアップ手法も『アフター・ウエディング』ほどじゃないけど、健在です。

☆☆☆☆でございました。


ストーリーは、愛する夫、ブライアン(デヴィッド・ドゥカヴニー)と2人の子どもに恵まれ、幸せだったオードリー(ハル・ベリー)が、夫を事件で突然失うところから始まります。
葬儀の日、オードリーはずっと憎んで遠ざけていた夫の親友、ジェリー(ベニチオ・デル・トロ)を呼び、ヘロイン中毒のジェリーは唯一の誠実な親友の死に、ふらふらしながらも駆けつける・・・・・という展開です。
出だしの設定は『ある愛の風景』にちょっと似ていますけど、こちらは反戦などのメッセージはありません。

愛するものの喪失と再生というテーマにくわえ、例えば麻薬売買の実態とその告発を描いた『アメリカン・ギャングスター』ではあまり伝わってこなかった、麻薬自体の恐ろしさ、麻薬中毒者が立ち直ることの難しさも描かれ、ドラッグというアメリカの病んだ部分が浮き彫りになってきます。


fire3.jpg とにかく、ベニチオ・デル・トロがいいのです!

酔いつぶれたところをひき逃げにもあって、水溜りで寝ていたせいであちこちふやけてしまった翌朝の古谷一行パンチ、という汚れ方でございますが、見ているうちに、本当に上手い役者だな〜と思ってきました。

抑えた繊細な演技を貫き、見せ所でもオーバーアクティングにならないぎりぎりの熱演をしています。

ヘロインでよれよれになっていても、元弁護士というインテリジェンスを感じさせるユーモアを失っていないジェリー。

そういえばデル・トロって両親もおじいちゃんも叔父さんも弁護士で、自分も弁護士を目指して勉強してたんでしたっけね。
俳優になってなかったら、さぞかし辣腕弁護士になっていたことでしょう。

『ユージュアル・サスペクツ』で見たときはすぐに死んじゃったし、あまり印象に残らなかったのですが、その後いろんな映画でちょくちょく見るようになり、振り返ってみると『インディアン・ランナー』なんかにも出てたし、どの映画でもいい演技をしているのだけれど、強烈なキャラなのでキワモノ的扱いもあったりしたような彼なんですが、これは『21g』とならんで、彼の最近の代表作といっていい映画ではないかと思いました。

最初のうちは
「どこの筋肉を動かすとほっぺたのあそこがあんなふうに変形するのだろう?」
なんていうしょうもないことばかり気になってましたが(殴)、次第に彼の演技に引き込まれてしまいました。
駄目男なんだけど、『可愛げ』がだだもれ。
ああ〜やばい。あせあせ(飛び散る汗)
(『ブルーベリー・ナイツ』で発症したジュード・ロウ熱は『スルース』を見たらあっさり醒めたのですが・・・)

しょっぱなからやつれ果てて登場し、もしかしてこれからだんだんに美しくなっていくのだろうかと期待したハル・ベリーは、最後までそれほど綺麗にならなかった(しかも過去の幸せな回想シーンでも不吉に暗い)(爆)のに対し、彼は見事に変化するんですね〜 うっふっふ。パンチ

しあわせな孤独

もともと、マッツ・ミケルセンがでているからと見た『しあわせな孤独(Open heart)』がスザンネ・ビア監督の作品の初鑑賞だったのですが、男性俳優を撮るのが上手だな〜と思いました。
女性監督ならではなのか「男の弱さと強さを演じられる俳優」を使いこなしておりまする。


犬それと、善き隣人であるハワードを演じたジョン・キャロル・リンチですが、どこかで見たと思ったら『ゾディアック』の第一容疑者でしたわ〜 
あの時は善良そうな表面がかえって恐かったのですが、今回は、ジェリーにとってもオードリー一家にとっても、信頼の置けるいい男の役でした。
それにしては、自分の妻に対しては「長年連れ添ってマンネリ化したので離婚する」なんてことをぼやいてる中年男でございます。


雪子役が今回も可愛いです!
息子のドリーは、エンドロールを見てたらMicah Berry と書いてあったので、「え??ハル・ベリーの子供??」と思ったのですが、かえってネットで調べてみたけど、違うみたい。
ワザワザ彼の名前の後に(no relation)って書いてる記事もあったし。
しかしくりくりのカールヘアがなんとも可愛い子でした。



****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****



中毒になってもたった一人そばにいてくれた親友ブライアン(デヴィッド・ドゥカヴニー)の死に奮起し、なんとかジャンキーから立ち直ろうとするジェリー。
ブライアンがまたこれ、非の打ち所のないいいやつなんですよね。少々優等生過ぎるのが玉に瑕ですが、その辺を玉に傷だらけのジェリーがうまくカバーしてます。


猫しかしオードリーは、夫の死がショックだとしても、その行動があまりに考えなさすぎ、と感じました。

長年飼っていた猫が死んで、悲しくて寂しくて眠れない。
町にいた怪我してるノラをひろってきて、
「枕元で一緒に寝てくれない? そんでゴロゴロ喉を鳴らして欲しいの。前足の肉球はほれこのようにこの辺に置いて、時々鼻先の冷たいのをチュッとして・・・」
などとベッドにつれこんだくせに、そのノラが怪我も少し治り安心して、飼い猫の残したおもちゃにじゃれていたら、
「あんたがあのコの替わりになろうなんて100年早いワイ!!」と突然家の外に惨くもほおりだすなんて・・酷すぎ。(違うって)

車の中で盗られたと思っていた60ドルを見つけ、夫の親友だし、と招きいれたまではよかったけれど、
「ヘロインをやったらどんな気分? 私もやってみたい」なんて中毒症状に苦しんでいるジェリーに言うなんて、ND(『人間としてどうよ』)ですわ、まったく。パンチパンチ

大体二人の子の母親であるのに、子供たちのほうが気を使っちゃってて、親としての自覚はあるのか?と問いたいです。

そこまで絶望が深いといいたいのでしょうかね。
まあそういうことにしておきましょう。
彼女は彼女なりに努力はしてましたし。

そういう不完全な人間たちが集まって、助け合って、苦しく辛い人生の峠をなんとか乗り越えていく、というのがテーマなんでしょうね。


しかし、ハル・ベリーの撮り方はどうなんでしょうか・・・。
意識してモノトーンで撮ったのだろうとはいえ、不幸な中の輝きとか自分を取り戻す過程の美しさなどが感じられず・・・
幸福な時をフラッシュバックするシーンでも「病気か?」という頬のこけ方。
スザンネ・ビア監督お得意のドアップでも、彼女の目の落ち窪みが深く、まるで老人の目のようだわ〜と思いました。

もともと絶叫型女優というか、ニュートラルな時の繊細なゆれなんかが乏しいし、最近「X-MEN」、「Cat woman」とか「パーフェクト・ストレンジャー」など、作品に恵まれてない感じがある彼女ですが、「チョコレート(Monster's Ball )」から6年ほどしかたっていないのに、あのときと同じような立場の役柄でも、乾ききってしまって、輝きにかげりがでてきたような気がしたのでした。


それと、ジェリーの『麻薬中毒を直すグループヒーリングの会』(?)での友だち、ケリー(アリソン・ローマン)が、家族の食事に招かれて、亡き夫について細かいことをあれこれ質問するシーンがあったのですが、あれってそうやって話すことで、忘れたいと思っていた現実を直視するような『ヒーリングの手法の一種』なのでしょうか。
彼女も喪失から立ち直った人なので、わざとしたのかとも思いましたが、まだ絶望の痛みと戦っている人に対して、それほど親しくもない人がああいうふうな事を聞くのは、とても無神経な気がしてどきどきしたのですが・・・



ぴかぴか(新しい)切ないグスタボ・サンタオラージャのギターが胸にしみます。
音に疎いjester(汗)ですが、『マイ・ブルーベリー・ナイツ』で学習したので、今回はすばやく彼の音を聞きつけました。
アコースティックなギターの音色にしょっぱなのプールの父子のシーンからひたってしまったjesterであります。


猫ラストの持っていきかたが、かなりハリウッド的というか、明るい展望がある、後味の良いものになっているのですが、jester的にはまああれでもよろしいかと。

特に現実に疲れたときなどに見るには、このぐらいのほどほどなハッピーエンドが、マイルドトランクライザーのように心に沁みてくる心地が致します。

「Accept the good」な気分になれました。

これから、どんなテーマでどんな映画を撮るのか、楽しみなスザンネ・ビア監督です♪

(しかしいつもながら、邦題のセンスはどうなの? 「THINGS WE LOST IN THE FIRE」 が作品の中で持っている意味と、「悲しみが乾くまで」の重さの違いを、日本のスタッフはちゃんと感じているのだろうか・・・・?)
posted by jester at 13:22| Comment(33) | TrackBack(8) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

KAMATAKI -窯焚-

k4.jpgやっと「KAMATAKI -窯焚-」が日本公開になり、再見してまいりました。

日系カナダ人の青年が日本の窯元に住み込み、異文化のなかで傷ついた繊細(せんさい)な心をゆっくりと解放していくドラマ。
モントリオール国際映画祭で最優秀監督賞などを受賞した作品です。

思い起こせばもうおととしなんですね〜
クロード・ガニオン監督にインタビューさせていただいたのは。

その様子は
「KAMATAKI -窯焚-」その1
「KAMATAKI -窯焚-」その2
「KAMATAKI -窯焚-」その3、インタビュー壱
「KAMATAKI -窯焚-」その4、インタビュー弐
「KAMATAKI -窯焚-」その5、インタビュー参
「KAMATAKI -窯焚-」その6、インタビュー四
に以前にアップいたしました。

もうこのときに語りつくした感があるので、映画についてはもう書くことがありませんが、再見してみると、監督の言われていたことをいろいろ思い出し、味わい深かったです。

日本での公開がかなって、きっと監督も喜ばれていると思います。
posted by jester at 10:40| Comment(2) | TrackBack(0) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月23日

君のためなら千回でも The Kite Runner

kr1.jpg過去に背負ってしまった罪の意識。

「君が正しかった。ぼくが間違っていたよ」
心の中では何回も繰り返すのに、
いえなかったたった一言の「ごめんね」
そのために離れてしまった・・・心の友。

時は流れてしまったけれど・・・・
今は会うこともかなわないけれど・・・

それでも、いまからでも間に合うのだろうか。

「ごめんね」を君に言うために、今、走るよ。


☆☆☆☆☆でした!!

この映画も大事にしたい1本。
今年は年初めからあたりが多くて嬉しい♪

「チョコレート」「ネヴァーランド」「主人公は僕だった」のマーク・フォスター監督がアフガニスタンを主な舞台にダリー語で撮った作品。
アメリカの映画もここまで来たのだ、と感慨を深くしました。

『The Kite Runner』という立派なタイトルがあるのに、このめちゃくちゃセンスの悪いベタな邦題はなんなのよ〜〜! と怒っておりました(汗)、どうぞこの邦題にだまされないでくださいませ!)


クリスマス   クリスマス   以下、酷いネタバレはありませんが、映画の内容には触れています。未見の方、ご注意ください!



リゾート平和だった頃のアフガニスタンに暮らす二人の少年。
主人の子供である年上のアミールと使用人の子供であるハッサン。
当然アミールのほうが強い立場なのですが、実際に「心が強い」のはハッサン。

支配者階級のパシュトゥーン人の裕福な家系の子供であるアミールと被差別民族のハザラ人であるハッサンは、本来なら遊ぶことも忌み嫌われる関係だけれど、アミールの父は二人の友情を認め、二人は上下関係はあるものの、仲良く遊んでいる。

凧の糸を切りあう「喧嘩ダコ」(?)では二人は信頼しあういいパートナー。
そして、ハッサンは縁の下の力持ちの『Kite Runner』(糸が切れた凧を取りにいく人)の名手でもあります。 
(Kite Runnerって、見る前は「凧の上手な揚げ手」ぐらいの意味かなと思っていましたが、映画中に説明があって、こういう意味らしいです)

家の裏のざくろの木の下は二人の秘密基地。
幹に友情の言葉を刻み込み、アミールがいつも文字の読めないハッサンに本を読んであげる場所。
50回もハッサンが読んで欲しがったという物語のタイトルが、後で効いてきます。


ぴかぴか(新しい)このハッサン役のアフマド・ハーン・マフムードザダ君(Ahmad Khan Mahmidzada君。わ〜〜読むのが難しいです)の笑顔がいいんです
「ニュー・シネマ・パラダイス」のトト少年の笑顔を彷彿とさせてくれるような、純粋な優しい笑顔。
上手い画像がみつからなかったのですが、日本にもいそうな、純朴で世話好きな少年。
ひたすら信頼している子犬のような瞳に、すごく癒しを感じます♪


対するアミール君は石原良純の少年時代、という顔だちなんでございますが、どこにでもいる金持ちのうちの男の子という感じ。

さて、何事も忠実で一生懸命なハッサンにたいし、アミールは勇気がなくて、それに対する劣等感もあり、複雑。

年上の少年たちの陰湿ないじめにも、顔を背けず立ち向かう立派なハッサンに対して、アミールはいつも陰に隠れてこっそり見ている・・・

臆病な自分に対する自己嫌悪は嫉妬とあいまって転化され、アミールの中にハッサンへの憎悪に変化する。
アミールはいつの間にか、ダークサイドに陥ってしまう・・・・


この辺で、小心者アミール少年の自己嫌悪と胸の痛み、嫉妬の苦しさと憎悪は、世の大人&ダーズベイダーが(?)かみ締める苦い味でもあります。


リゾートこの辺までの友情物語は、わりとありがちな展開ではあるのですが、そんなカブールの町にソビエト軍が侵攻して来る辺で、ガラッと変わってきます。

アミールは父とともに国外に脱出。
そしてアメリカに移住します。

自国を遠く離れた民族が他国で集団を作って暮らす様は「その名にちなんで」にも描写されていましたが、興味深いものがあります。

彼らがアメリカで移民として暮らしている間に祖国ではソビエトに蹂躙され、疲弊しきったアフガニスタンを、今度はタリバンの暴力が支配し始める。

それも遠い国の話になってしまったアミールに、ある日一本の電話がかかる・・・・・

今度は君のために、僕は『Kite Runner』になれるのか。


ベタな友情映画で終わらないのは、脇役に至るまでおろそかにせずに丁寧に心理を追った脚本の素晴らしさ、特に、二人をとりまく大人たちが人間として誇り高い人々であるということにもあります。

アミールの父、ババ(ホマユーン・エルシャディ、『桜桃の味』の人)のソビエト軍に向かう姿も毅然としていて、かっこいい!
息子としては誇らしい父親像でしょう。

アミールの叔父のラハム・ハーン(ショーン・トーブ、「クラッシュ」の店主さんや「マリア」のお父さんのひと)の理解ある態度も安心できます。
落ち着いた演技もいいけど、この人の声が好きです。

大人になったアミールは「ユナイテッド93」でテロリストが印象的だったハリド・アブダラが演じてます。
普通の格好をしていると、濃い顔立ちでイスラム系の顔に見えるのに、ターバンをしてヒゲをはやした途端に、コーカソイドに見えるのはなぜ??(爆)


それから、成人後のアミールが使命を帯びてアフガニスタンに戻る時、付き添ってくれるファリド役が、サイード・タグマウイ!!!

「Hidalgo」(オーシャン・オブ・ファイアー)の王子さまですよ!

「オレは砂漠の誇り高き民族だ!」という「Hidalgo」あの時もカッコよくて惚れたけど、今回も渋くてかっこいかったです!
(とまあ、これはjesterしか興奮しないだろうポイントではありますが・・・・)

脱出劇後半はちょっと疑問もあったけど、テンポも悪くなくて、はらはらどきどきもいたしました。


あと、音楽もよかったです!
「ナイロビの蜂」や「ボルベール帰郷」などを担当したアルベルト・イグレシアス。
中東っぽい音楽に混ざって、画面をでしゃばらすぎずに守り立ててました。

音楽がいいので、音のいい映画館で、また、空飛ぶ凧のシーンもスピード感があるので、ぜひ大きい画面で見たい映画でもあります。


クリスマス南の国、砂漠、などというイメージがあるかもしれないアフガニスタンの街が、あんなに白い山脈に囲まれ、雪も降る街であるということ、庶民は凧揚げを楽しむなど、問題をはらみながらも平和に暮らしていたのに、大国ソビエトの進攻により混乱と破壊のカオスに陥ること、またソビエトが撤退した後のタリバンの残虐さ・・・・

と、アフガニスタンについても知識を与えてくれます。

(実際の撮影はアフガニスタンから国境を越えた中国の新疆ウイグル自治区で行われたそうですが)


人間、ダークな部分は誰しもあるけれど、人を動かすのは、ただひたむきな愛なんだなあ・・・
「やっぱり最後に愛は勝つ」なんだなあ・・・
なんてベタな事を素直に思える、後味のよい映画でした。


The Kite Runner
原作本は、無名の新人作家が書いた本としては異例の800万部もの大ベストセラーになったもの。

発売当時から海外の書評で多く取り上げられ「感動した」というものが多かったのですが、jesterは未読でした。

著者のカーレド・ホッセイニはカブール生まれ。
外交官の父と海外にも暮らし、クーデターとソビエト侵攻のあとアメリカに亡命し、医者の資格をとり、小説家にもなったという、アミールと被る経歴の持ち主。
自伝的要素もあるのでしょう。

映画を見たあとすごく読みたくなり、早速アマゾンで注文しました。
あと、同じ著者の「A Thousand Splendid Suns」というのも評判が高いらしいです♪


君のためなら千回でも
君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫 ホ 1-1)和訳は早川文庫から上下巻で、でているそうです。

しかし、この邦題、なんとかならんのか・・・・

いや、確かにそういうセリフは出てくるけどさあ・・・・

恥ずかしくなるじゃん・・・

posted by jester at 12:01| Comment(10) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月24日

君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956 SZABADSAG, SZERELEM/CHILDREN OF GLORY

ちょうど東欧とソビエト関係の本を何冊か読んでいたので(たとえば「オリガ・モリソヴナの反語法」など)見たいな〜と思っていた「君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956」にいってきました。

1956年、ソ連の弾圧に民衆が蜂起したハンガリーでのお話。
政治には関心がなく、水球チームのエースとして活躍するカルチ(イヴァン・フェニェー)は、偶然学生デモを統率する女子学生ヴィキ(カタ・ドボー)を見かけ、ナンパを試みる。
メルボルン五輪に向けての練習に励む毎日だったが、ヴィキに惹かれ、革命を信じる彼女と行動を共にするうちに、カルチは運動に巻き込まれ、オリンピックを諦めて自由のための戦いに身を投じてゆくが…

というようなお話です。

ハンガリー動乱と、オリンピック水球史に残るソ連対ハンガリー戦、
メルボルンの流血戦といわれる試合についてはとてもよくわかりました。
「悪童日記」を書いたアゴタ・クリストフがスイスに逃げたのもこの頃なのね、なんて考えながら見ておりました。

つくづく平和な国/時代に偶然生まれた自分のラッキーさを思い知らされましただ。

でも映画としては、期待していたほど脚本などがあまりいいできとは思えず、でございました。
なので、ちょっと辛口レビューです。
ネタバレはありませんが、未見の方はご注意くださいませ。


破壊シーンや銃撃戦などは派手で、戦車なんかがお好きな方にはたまらないかもしれませんけれど、人間の心理模様がいまひとつ物足りない。

こういう実話ベースの映画は、地道にデータと人間観察を重ねて造ったほうが、見ているものの共感を呼ぶのでは、と思います。
半端なメロドラマ仕立てのサイドストーリーはかえって事実の重みを安っぽくしてしまう。
それは「ブラック・ブック」でも感じたのですが・・・

「悪者」のソビエトとかAVO(ハンガリーの秘密警察機関)の描き方が、まるで水戸黄門の「悪代官」ですし。

この人きっと死ぬんだろうな、それで主人公が変化するのかな、と思う人はそのとおりになるし。



カルチとヴィキの恋愛も、なんか突然に進行しちゃう感じで、納得いきませんわ。
ラブシーンばかり長いしねえ・・・

ヴィキ役のカタ・ドボーは、顔の上半分がソフィア・ローレン、下半分がヒラリー・スワンク、という顔なんですが、しゃべると品がなくてjesterはだめでした。

ヴィキの役をやっていても知性より自己顕示欲を感じてしまいました。


donau.jpg
一方カルチ役のイヴァン・フェニェーは、オールバックの髪型と、タートルネックセーターで、トレーラーを見たときはなんとなく「ハンニバル・ライジング」のギャスパー・ウリエル君を思い起こしてましたが、全然違いましたわ。

ハンサムだし、とてもガタイがよくて、水球選手にはぴったり。
でもこの役にはどうなんでしょうねえ・・・・
なんだか・・・ちょっと頭が悪そうに見えちゃうんですよね・・・・(殴パンチ

この人って「ジャー・ヘッド」に出てたんですね〜
思わずDVDで確認しちゃいましたが、そういわれてみると、兵士のなかにいるんですよ。
「ジャー・ヘッド」を見てると、ジェイク・ギレンホールとかピーター・サースガードばっかりみちゃいますけど、後ろとか横の兵士をよくみると、彼がいますので、よかったら探してみてください。


とまあ、jesterは醒めて見てましたが、最後の試合シーンはさすがに力が入りました。

選手役は本当に水球の選手がやっているということで、迫力あります。

この新聞記事の写真は本当のゲームを報道したもの。

実話ベースなのでシーソーゲームではなく、ワンサイドゲームなのが惜しい。
この辺は少し作っちゃっても、もう少しはらはらする展開だったらもっと盛り上がると思いました。


それにしても最後に流れる詩、“天使のうた”のメッセージが胸にしみました。



でも音楽が・・・・
jesterは全然駄目でしたわ・・・安っぽくて。

音楽の出来不出来と、脚本って連動していることが多いと思います。
結局は監督のセンス、ってことなのかなあ。
posted by jester at 10:07| Comment(10) | TrackBack(10) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

グッド・シェパード THE GOOD SHEPHERD

この映画、もう終わっちゃうんですね〜
いい映画だったのに、人気なかったのかしら?

というわけで「THE GOOD SHEPHERD(グッド・シェパード)」ですが、これ、公開されてすぐに見ました。
(レビューが遅い! 1つ書くのにすごく時間がかかってしまいます。(汗))

CIAの前身から活躍し、CIAの中枢になっていった男。
しかし、家族からは孤立し、友人との信頼関係もない『誰も信じられない男』になっていく苦悩・・・・

時間軸ががんがん飛ぶのに、ずっと主人公のエドワード(マット・デイモン)が同じ服装・同じ顔・同じ表情、に見えるもんで、時々画面の左下に出る日時をしっかり頭に入れていないと、今の話がどこの時代なのかわからなくなります。

それを踏まえていれば、アメリカの支配階級に君臨するエリートの秘密結社や、第二次世界大戦前後やその後の東西冷戦、キューバ危機・ピッグス湾事件等のころのアメリカの内情などがよくわかって、すごく面白い!!

情報の操作や漏洩が現実にこういう形だったのかはわかりませんが、ありえる話で、ぞっとしました。

なんか教科書で習ったのと違う、生きている人間が動いている歴史模様がたまらなく知的刺激になりました。

派手なアクションもなく、心理描写とドキュメンタリーのような事実の羅列なのに飽きずにみられるところは、脚本がどれだけ優れているかの証明だと思います。


耳の不自由なローラと出会う図書館のシーン、謎のVTRを少しずつ解明していくシーン、浮気した女がスパイと見破るシーン、二重スパイだとばれた男にヴァイオリンを弾かせて、それに聞き入るシーン、などなど、印象的なシーンがたくさんあり、3時間あまりの長尺ながら、飽きずに最後まで見られました♪


国家に忠実にあろうとしつつ、その陰謀の一端を担ぐことになり、次第にねじれていく、無口で頭はいいけどオタクっぽい(?)青年に、マット・デイモンがぴったり。

ラストシーンの小さな後姿。
背中が苦悩に満ち溢れておりました。決して幸せではないが、あそこまで来たらNo returnなんですね〜
せっかくフレデリック教授(マイケル・ガンボン)が命をかけて「早く足を洗わないとこうなるぞ」と教えてくれたのにねえ・・・


ぴかぴか(新しい)あとね、妻のクローバー役のアンジェリーナ・ジョリーがすごく綺麗だった・・・黒ハート
今までみた中で一番綺麗に見えました。

役柄としては共感できない女性で、初対面の男性をあんなふうに誘惑して強引に結婚に持ち込んだりしなくても、あれほど美しいのだからほかにいくらでも口はあるし、あんな強引な方法では幸せになれるはずがないとなぜ分からないのだ!!と思いました。

つまりはクローバーはおバカなんですね、はっきりいって。
自分で考える力がないの。
自分中心にしか回りのものを見られないから、自分の思い通りにならないと理解できない。

結婚してからも、仮にも諜報部員の奥さんともあろう人があんなに教育されていないってことはありえないと思う。
こういう関係の妻になった友人が何人かいますが、彼女たちは間違っても夫の職業に関しての失言なんてありえません。
というか、海外に赴任する夫についていく普通の会社員の妻だって、もうちょっとわきまえてますよ。

夫が情報の仕事につくとは思っていなかったとはいえ、結婚って愛情だけじゃなくて、一種の契約ですからねえ・・・

もし何も知らないから「私の夫はCIAよ」なんて友達にいっていたとしたら、それはそういうことを教えなかった夫の責任だと思いますが、とにかくありえないでしょう・・・・と思いました。
ま、夫も妻と相互理解しようという気が無かったのだから仕方ないか。

それにしても、アンジー、ファッションもメイクも綺麗でした。
見とれちゃいました・・・・


耳の聞こえないローラ役のTammy Blanchardも知的で素敵でしたけどね。


ぴかぴか(新しい)監督のロバート・デ・ニーロは、出演もしていて「スター・ダスト」での女装好きの海賊とは全然違う、糖尿病の男。
にこやかに「誰も信じるな」と繰り返して言う姿が、いかにも暗いイメージでした。


ぴかぴか(新しい)Michael Gambonさんがよかった!
Harry PotterのDumbledore校長先生よりこっちのほうがよかったわ〜
ゲイの(?)大学教授でスパイ・・・・というと、サー・イアン・マッケランがやったらどうなのよ、って感じですが、ガンボンさんがぴったりなんですよ〜


それから息子役のEddie Redmayneがコーラスで歌う声が美しかったです。
演技も、寂しさから父を激しく求めつつ、その陰で実は激しく憎んでもいる愛憎裏表一体の表情が良かったです。

そのほかの脇役もみんな良かったですが、アーチとか友人たちはもうちょっと個性的な人がいると、人間の見分けがわかりやすかったと思う。



実はこれを見たあと、dimさんとこで、「ボーン・アルティメイタム」のジャパプレでみたマット・ディモンがすごくかわいかった、という記事を読みました。

そのときはね、「ふ〜〜ん・・・」と思ったんですよ。正直申し上げて。

でも、そのさらにあと、テレビで「学校に行こう」とか言う番組にマットが出ているのを偶然見て、「ええ〜マットってこんなに爽やかだったの???」と驚きました。

なんか口笛を吹く少女と青年と一緒に、一生懸命口笛吹いているのが可愛らしくて。
日本人のタレントのほうが、出演者を馬鹿にしているような態度に見えたのに・・・疲れているだろうに、馬鹿にしたりせずに真摯に受け答えしてるのが、好印象でした。
(まあこの番組ではジョニデとかHarry Potterのダニエル・ラドクリフとか、どの人も素顔はとても真面目で真摯な感じで素敵なんですけどね。日本のタレントってなんであんなに擦れた感じなんでしょう・・・)

ですっかり、マット感を改めた私なんで、今日から公開の「The Bourne Ultimatum 」は心を入れ替えて鑑賞いたします。はい。

しかし・・・・
「THE GOOD SHEPHERD」を見てたときは、やっぱりいつものマットだわ、と思ってみてたんです。
マット、ごめん。

暗くて、表情がなくて、お宅っぽいヤツ。
「リプリー」のときとおなじじゃん・・・
そんな感想しかもてなかったのでした。

posted by jester at 12:36| Comment(11) | TrackBack(2) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月13日

傷だらけの男たち 傷城

やっぱり書かなくちゃ、あれだけ騒いでたんだから・・・あせあせ(飛び散る汗)

というわけで「傷城 傷だらけの男たち」でございます。

jesterはトニー・レオンファンだもんで、+ インファナル・アフェアーズのスタッフ + 金城武・・・・という映画に期待しないわけにはまいりません。

もう封切りそうそう、「今日はトニーに会うのだ!」としっかりドレスアップて出かけました。←あほ、ですか。
(いつもパジャマみたいなTシャツとGパンで映画に行くjesterですが、この日は少しだけまともなものを着た・・つもり。・・・といってもボトムはGパンだけどさ)

でもね・・・たらーっ(汗)

「期待したらすべる」jesterの法則。

で、しっかりすべっちゃいました・・・・・


なんつっても、まず音楽が先走って「いい音楽だろ? ほら泣け!!」とやるので、しらけちゃって・・・・
(「インファナル」も音楽だけは「デパーテッド」に負けてましたよね・・・)

というわけで、愛ゆえの辛口レビューです。

この映画をお好きな方(&金城ファン)はどうぞスルーしてくださいね。




1006136_01.jpgぴかぴか(新しい)とはいえ、もうトニーが出てるって言うだけで、いいの、脚本が悪くたって許す・・ 
などとほざいてました。(殴

どちらかというと線の細い、身長も低い俳優なのに、そこに立つだけで画面が引き締まる存在感があります。
肩で、横顔で、後姿で、黙して心情を伝えられるほど掘り下げられた演技がさすがです。
(だからこそベタなセリフを言わせないで欲しいが・・・)
ただ「美形」というだけじゃない、「演技者」であるからこそ、こういう俳優さんが一人でてるだけで映画が引き立つと思います。



ぴかぴか(新しい)そこに華を添えるのは金城武のぴかぴかの美貌。すっと通った鼻筋に切れ長のオメメ。

悲しい過去をもち、酒びたりになった無免許の探偵という、何十年前のハードボイルドだよ?? のお安い設定ですが、ヒゲ面で酔いどれてても、全然汚く見えないの。
(ま、そこがjesterは不満足なんだけど・・・)

演技は広東語だと、日本語よりずっと上手にみえます。
といっても台湾語が母国語なんでしょうけれど・・・・
台湾語は結局北京語に近いですから、広東語とは発音が違うのですが、それでもやっぱり中国語だからしゃべりやすいのかなあ。

(金城君ファンの姉の情報によると、金城君はお父さんが日本人で日本人学校出身だけど、それでも日本語の発音に訛りがあって、それを矯正しようとがんばると演技が硬くなっちゃうんだそうです。)


ドコモポイントそれとね、「アホのキョン」のチャップマン・トウが、相変わらずアホな役で出てきて嬉しい。生きてたのね。(違うし)

トニーの妻役のシュー・ジンレイの知的なまなざしも好きでした♪


黒ハートしかも舞台はjester第二の故郷、香港! 
広東語の響きも気持ちいいし、あ、ランカイフォン(セントラルの上のおしゃれな街)、あ、レイユームン(おいしい海鮮料理!)、あ、ピークの近くの高級住宅街!!

という風に、もう香港が見られれば、それだけで風とか匂いとか喧騒とか光とか、全部よみがえってきてトリップ。
とっても幸せなわたくしでございます。

というわけで、まあ結構楽しんでしまったのでございますが。猫


でもねえ・・・

(以下、ネタばれ在ります!未見の方、ご注意ください!)



最初から犯人の顔が分るので、
「うん、これは、ここから酔いどれ探偵がサスペンスあふれる知能戦で、犯人を追い詰めていくのだな?」
とコロンボ風な展開を期待をしていると、探偵は昔の恋人を思って酒を飲んでは行きづりのビール売りの女の子といちゃいちゃしてて、そうじゃないみたい・・・

だもんで、
「これはトラウマを抱えてる男たちの心の旅路をじっくり描くのだな?」
と思ってみていると、その辺の心理描写はありきたりでリアリティあまりなし。

残酷な流血犯罪シーンを何回もフラッシュバックするなら、ポイと元恋人のふれあいのシーンを少しでも見せておくとかしてください〜
セリフで説明して、その後病院に駆け込んで泣き崩れる顔を見せられて、『ほれ泣け!』音楽かけられても、14や15の子供でもないあたしゃあ感情移入なんか出来ません。
映画をみていて共感できるのは、悲しそうな泣き顔にじゃなくて、その辛い心が伝わってきたときですだよ〜

この役、ファンの方には悪いんだけど、金城武にはまだ早いかもという気もしました。
過去に苦しんでアルコール依存になるには、彼には熟成した影の部分がかもし出す陰影がないんだわ。どこか王子様なのよね。逆にそれが金城君の持ち味かなと思うし。
ポンの役はそれこそトニーがやったらよかったような気もします。
(いや、トニーの悪役に挑戦も良かったけど!)


ヘイとスクツァンの関係も、ラストに至るには描写不足。
「憎んだ相手の子供でも、偽りの結婚をして暮らしているうちに愛が芽生えた、そして復讐心との板ばさみで苦しんだ」っていうなら、それなりに心の葛藤を脚本に練りこんどいてもらわないと、「父親と血のつながりがない」と聞いたとたんに突然改心したように見えます。(爆)
ましてや最後に「家族より愛してた」なんてトニーにセリフで説明させないでくださいよ〜〜たらーっ(汗)


基本的に設定が全部安易過ぎ。どこかで使われたものの寄せ集めって感じです。
「こうしたらみんな泣くだろう」
「こうしたら受けるだろう」
ととってつけたようにこれでもかと「悲惨な過去」を作り上げても、細かい部分をいい加減にしては、絵空事にしか見えません。
そして過剰な「甘いムードミュージック」で盛り上げようとされても、天邪鬼なjesterは冷めちゃうだけ・・・。

そう、細かいところがいい加減なの。だから説明不足の疑問がのこっちゃう。

*トニーに電話して「やったのはお前だ」って言ったのは誰だろう?
*外からガスの充満するキッチンに電話したのはトニーじゃないよね? でもキョンはドアの外で死んでたよね?
*どうして退職した警官が警察署に自由に出入りして、捜査にかかわれるの?
*なんで元恋人の浮気相手の世話なんかしてるの? いっくら植物状態になってたって、殺す夢まで見るぐらいなのに、自虐的で気持ち悪いよ、そんなやつ。
*浮気してて、妊娠して、それでポンのベッドで手首切るってどういう女なんだ。しかも布団かけて寝た振りして・・・殺されて自殺を偽装されたのかと思ったし。
*マカオで卓球の対戦相手の名前を借りて生き伸びても、それで香港警察に就職できるのだろうか? う〜むむむ。
*「ミリオンダラーベイビー」でも言われてたけど、気管切開したらあんなにしゃべれないでしょ!!

ああああ・・・言い始めたら止まらない・・・・


というわけで、自分の頭の悪さを棚に上げ、不満たらたらのjester。

一方、一緒に見に行った姉は筋金入りの金城武ファンでして、あふれる涙を抑えられなかった模様。


姉(ハンカチで汗と涙をぬぐいつつ)「ああ・・・・えがった〜〜 たけちゃんの泣き顔、最高!」 
jester「たけちゃん、あの女のこの家の前で待ってるところ、犬みたいでかわいかったね。濡れ濡れの瞳がゴールデンレトリーバーって感じ。」(気を使ってほめてるつもり)
姉(ムッとして)「トニー・レオンは動物に例えると、・・・イタチね。」
jester「は? イタチ??」
姉「それか、鳥ってかんじ。トニーって。」
jester(わが姉ながら理解不能だが気を取り直し)「たけちゃん、今は美形でまっすぐって感じだけど、渋い大人の俳優になれるといいね。周りにちやほやされてスポイルされて、最後には詐欺師になったりするハンサム俳優っているしね」
姉「トニーも年とったよね。たけちゃんとならぶと、たるみがねえ・・・・ それにあの髪型、サラリーマンって感じ」
jester「ぐ・・・確かにあの髪型は・・・眼鏡もあんまり好きじゃない・・・」


というような、ぼけ姉妹ならではの、歯に衣着せぬとっても程度の低い会話をしながら帰ってきたのでした・・・・。パンチパンチパンチ



あ、そうだ。全然関係ないけど、日比谷のみゆき座で見たので、宝塚のスターの入り待ちの女性軍団に遭遇。
なんでだかみんな黒いお洋服で、歩道にちゃんと整列して、前列はしゃがんで・・・熱いのお〜〜
ついでに誰か知らないけど、ちょうど通りかかった多分女役のかわいいスターも見てきました。


デカプリオでのハリウッドリメイク、多分見ないな・・・・

posted by jester at 10:35| Comment(25) | TrackBack(12) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

傷だらけの男たち 前売り入手!

IMGP2714.JPG7月7日から公開の「傷だらけの男たち」の前売りを買ってきました。

内容は、ネットで流れている予告編を見たら大分読めたぜ、しくしく、と思っております。
まあいいや。トニーを見に行くんだしパンチ

これもレオナルド・デカプリオでハリウッドリメイク決定ですって。

ふ〜〜あせあせ(飛び散る汗)

むむむ。
「ディパーテッド」の二の舞になりませんように。
草葉の陰から祈っております・・・・(汗)


この前売り、絵葉書つき! で、トニー・レオンと金城武の二人が写っているのが一番上にあって、それ以外が見えなかったので、入手してからあわてて袋を破ってみてみましたが、う〜〜ん、トニーの写真、あんまり良くない・・・・

やっぱ、日本じゃ金城君のほうが人気があるからなんでしょうか。


jesterの姉も、実は金城武のファンで、
「駅にポスターがあるから、毎朝おはようって手を振っているの黒ハート」などと申しておりました。あせあせ(飛び散る汗)

(やめんか、はた迷惑じゃ)(姉は7つ年上)

ま、確かにあのポスターは素敵ですが・・・ね・・・・

公開、楽しみです揺れるハート
posted by jester at 16:08| Comment(4) | TrackBack(0) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月10日

こわれゆく世界の中で BREAKING AND ENTERING

アンソニー・ミンゲラ監督のBREAKING AND ENTERING(邦題は「こわれゆく世界の中で」ですって。うむむむ・・・・)です。

ロンドンのキングス・クロスって、10年ほど前にしばらく安ホテルに滞在したことがあるのですが、治安の悪いので有名とは知りませんでした。
改築に改築を重ねたおんぼろホテルで、火事になったら逃げられないな・・と思いましたけれど・・・。


そこに新しくウィル(ジュード・ロウ)がオフィスをひらくんですが、すぐに泥棒が侵入し、コンピューターなどが盗まれてしまうんですね。
ウィルはビーという障害のある連れ子がいるリヴ(ロビン・ライト・ペン)と10年近く暮らしていますが、関係はギクシャク。
続いて起こった窃盗事件に、夜オフィスの前で見張っていると、侵入しようとしている少年を発見し、あとを追う。
そして見つけたアパートには、少年とその母アミラ(ジュリエット・ビノシュ)が住んでいる。母子はボスニア難民だった。

というようなスタートを切ります。



ぴかぴか(新しい)ジュリエット・ビノシュはよかったわ♪
ボスニアから身一つで命からがら逃げてきた難民で、道を外れそうな息子を抱え、言葉も通じない中で必死で生きている、という感じが良く出ていました。
公式ホームページには「情熱的な未亡人」って紹介されてましたが、そうなんですか?(爆) 
jesterにはそう見えなかったけどな〜(公式HPに書いてる紹介文、これ以外もちょっと的を外れてるのが多い、って思ったんですけど・・・)あせあせ(飛び散る汗)

同じミンゲラ監督の「イングリッシュ・ペイシェント」のハナと比べて、ああ、この人も年とったな〜としみじみ思いますけれど、マイペースな感じの美しさとでも申しましょうか、若さにしがみついてない、年齢なりの美しさを感じられて、好きです、この女優さん。
(リヴを演じたロビン・ライト・ペンも年齢なりにナチュラルな感じでよかったですが)

10m.jpgぴかぴか(新しい)そしてその息子ミロを演じたRafi Gavron(ラフィ・ガヴロン)がなかなかでした。
ぴょんぴょんと身軽なアクションもすごいけど、なれない環境で生きぬく自信もなく、悪の道に落ちかける青年の頼りなさと甘えをよく演じてたと思います。
ベタニさんがでる「Inkheart」でFaridの役もするのね〜
楽しみです♪


ぴかぴか(新しい)ジュード・ロウは脱ぐとマッチョなのに、どうして服を着ているとあんなになで肩なんだろう・・・と不思議に思いますが。。。。

彼がなんでアミラに惹かれていくのか、・・・日常からの逃避?
その辺の男心はjesterには分かりませんでしたが、この役は結構彼にあっていると思いました。
「優柔不断な2枚目」(爆)の建築家にちゃんと見えましたもんパンチ
ミンゲラさん、「コールド・マウンテン」や「リプリー」のときもそうだったけど、ジュード・ロウを高く買っているんですね。
彼の演技は良かったと思うのですが、おっさん好きのjester的には、もうちょっとおっさんの俳優がやって下さったら、もっとリアルだったかも・・・(殴




女性は子どもを生むと、まずは子どもを育てていくことが生活の中心になり、「愛」の大半を子どもに独占させる。
良くも悪くも「母」になり、だからこそ子どもは育っていくのだけれど、男はいつまでたっても自分が中心じゃないとだめな、大人になりきれない不安定な部分を残していることがままある。

そして女性が大変なときに、パートナーである男性が未熟だと、ささえられずに逃げてしまう、というのは、こないだ「バベル」でもみたパターンで、・・・どこの国も同じだわなんて思って見てました。あせあせ(飛び散る汗)

ストーリーの流れは、ミンゲラさんらしく、細かいところの作りこみが丁寧で、まず安心して見ていられます。
ミンゲラさんのオフィスが何回か窃盗にあったことでヒントを得たというストーリーですが、見張りをしているときに出てくるコミカルででも哀れな娼婦など、ヨーロッパのボスニアや東欧からの難民問題も織り込まれていて、リアルです。


とはいえ、たどたどしい言葉、すれ違う心、通わない想い (あれ?バベルの「言葉が通じない、心も伝わらない、想いはどこへも届かない」という宣伝文句、こっちの映画のほうがあたってるかも) に見ているこちらまでやりきれない思いがして心も痛みます。

でもその辺はミンゲラさん、なんとか 『終わりよければすべてよし』 で希望の見える解決を見せておいてくれるので、後味はそれほど悪くないです。

見終わったあとにぐお〜〜んと重くならなくて、jesterはいいんだけど、・・・
ちょっと強引過ぎるところもあるから、気に入らない人もいるかもしれませんねえ・・・


ともあれ、「打ち壊す、そして入っていく」というテーマがいろんなところで繰り返され、大人の鑑賞に耐えうる、考えさせられる映画にしあがっていると思いました。


あと、音楽はミンゲラ監督毎度ご指名のガブリエル・ヤレドさんですが、この人の音楽で星が2つぐらい増えるんじゃないかと思うぐらい、目立ちすぎず、引き立ててるいいメロディがついてました。
ビノシュが音の出ない木製の鍵盤をたたきつつバッハを思うところで、「イングリッシュ・ペイシェント」を思い出したのはjesterだけではないはず・・・・。


posted by jester at 12:39| Comment(8) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

The Queen (邦題;クイーン)

間があきましたが、NZで見た映画の第7弾。(まだやっていた・・・)

日本のマスコミでも、ウイリアム王子とケイトさんの破局が報じられたりして、相変わらずのイギリス王室人気ですね。

IMGP2261.JPG去年の暮れですが、オークランドでローカルの新聞の映画欄を読んでいて『The Queen』という写真つきの宣伝を発見。
それまではこの映画のこと、全然知らなかったのです。
「え!! エリザベス??」と驚いてよくみたら、もっとビックリ。
ヘレン・ミレンじゃござんせんか!!
どうも王室裏話らしい。こんなのコインにエリザベスの肖像がついてる国じゃなくちゃ公開しないだろう、とおもって早速見に行ったのでした。


でも帰ってきたら、いろいろな賞を取ったこともあって、日本でも話題になってました。
もうポチポチ公開が始まってるんですね。地味な映画なので、お客さん、はいるかしら? と思っていたら先行上映の出足はまあまあとか。他の映画を見ているときでも周りの人の話題に挙がっているのを聞きました。けっこう注目されているのね。

ストーリーはダイアナが死んだあとの英国王室の話。あの時、
「離婚したと言えども王子たちの母親の死に対してあまりに冷たい」と散々マスコミに批判されましたよね。
でもほんとはね・・・、というお話なわけです。

つまり明るいテーマじゃないし、ギャグとかはないのですが、・・・ごめんなさい、jesterは笑えた・・・・パンチ


ぴかぴか(新しい)まずヘレン・ミレンがエリザベスにそっくり!! 『物まね大会』みたいに笑えるんですよ。すごい研究したんでしょうねえ。
ダイアナが死んだって聞いて、女王が夜中にカーラーつけたまま枕抱いてテレビ見ながら。ローヤル家族で途方にくれてるシーンなんてもう・・・笑ってしまった・・・ (人非人!!)

いや〜〜戸惑ってる瞳が泣かせるんですけど、・・・笑っちゃうんですよ・・・

ゴールデングローブ賞で、「一番在位が長い女王」ってヘレン・ミレンが紹介されてましたが、彼女、2005年のテレビで「エリザベス一世」の役もやっていて、こっちも激似だったのです。(残っている絵画と比べたりしてみたけど、とてもよく似てたと思います)

王室系の面長な上品な顔立ちってこともあるんでしょうけれど、実は彼女はロシア貴族の末裔なんですよね。

昔はヨーロッパの王室や貴族は血のつながりがあったから、どこかでつながっているのかも。
ちなみに彼女は最近イタリアにお城を買ったそうです。

本物の女王からランチに誘われたとかいう話もあるし、本当にQueenの生活をなさっているのね・・・・。


ぴかぴか(新しい)jesterはトニー・ブレア首相のミーハーファン(政治的なことは分からないけど、声とか話し方とか外観も好きです)だもんで、ブレアの役のMichael Sheenの演技にも大爆笑! キャスティングの人、よく似た人を見つけたね〜 と思いましたし、彼自身、演技も良く研究してます。

そうそう、こういう風に口を曲げて笑うよね〜とか、眉のしかめ方とか、いちいち似過ぎてて、内容とは離れたところで笑ってしまいました。ごめんなさい。

こないだ見た「ブラッド・ダイアモンド」(あ、まだレビュー書いてないやあせあせ(飛び散る汗))ではマイケルは悪役でしたが・・・なんか「トニー・ブレアが宝石の密輸??」などと突っ込みたくなり・・・・(爆)


ぴかぴか(新しい)Prince Philipもそっくりだったし、Prince Charlesは顔はそれほど似てないけど、やっぱり演技が上手で、ほっぺが少し赤かったりして、くすくす・・・なのです。



それに、「え〜〜女王さまがお皿を配ってる〜」とか
「自分でジープを運転? ひとりで犬の散歩! しかも川にはまる!!」とか
「首相の住んでるうちがこんなシャビイなおうちで、台所にYシャツがぶら下がってたり、棚にくまのぬいぐるみが〜〜」とか
「こんな風に女王様とおはなしするんだ」とか、
興味深いシーンが盛りだくさんで、イギリス王室&首相の関係がよく分かります。

それにしても王室はやっぱり雲上人だし、首相の生活は思ったより庶民的でありました。

NZ英語を聞き取ろうとして苦しんでいた耳にはQueen’s Englishがすごく心地よく、帰りの飛行機の中も入れると3回も見てしまいました。
(日本では公開されないだろうと思っていたからね〜)


いや、あの、内容は爆笑する映画じゃないんです、ほんとに。
女王という特別な地位にいる孤独さとか、伝わってくるんですけどね・・・

でも・・でも・・・やっぱり「物まね大会」として楽しんでしまったjesterだったです。パンチ

だけどね、いっしょに見ていたNZ人も笑ってましたよ〜〜 
まわりが爆笑しているので、影響されたというか・・・心置きなく笑えたのでした。
 
・・・でももしかして日本の劇場ではシリアスに鑑賞しているのかしら??あせあせ(飛び散る汗)


しかし、日本じゃこんな皇室映画を作ること、不可能だろうなあ・・・
ペーパーバックで出てた雅子妃の本も邦訳の発売禁止だそうですね。

ましてや今生きている王室の人々と首相が実名で出てきていろいろしゃべっちゃうんだもん。
不敬罪だ!!って右翼とか集結しちゃいそうです。


posted by jester at 08:46| Comment(10) | TrackBack(19) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

Copying Beethoven(邦題;敬愛なるベートーヴェン)

NZで見てきた映画第5弾は『Copying Beethoven(邦題;敬愛なるベートーヴェン)』でございます。

アマゾン
敬愛なるベートーヴェン
見てきたら、もうDVDの予約が始まっていた・・・(レビュー書くの遅すぎ!)


じつは〜たらーっ(汗)

この映画のトレーラーを日本でたくさん見て、そのたびに「なんかよさそう!!」と涙ぐんじゃうほど期待してたjesterだったのでした・・・

「第9」の初演まであと4日にせまり、耳は聞こえないし、人間関係がうまく調節できなくて孤独だし、溺愛している甥はだめだめだし・・・、のなかで苦悩するベートーヴェン。
それを演じるのがエド・ハリスですもんね〜〜
わくわくわく。

でもですね・・・
そう、「期待してるとだめ」というjesterの法則はまたもや正しいことが証明されてしまった・・・・(爆)


だもんで、少々辛口レビューです。この映画がお好きな方、スルーしてくださいませ〜

*****


でだしの画像がぐらぐらするのが「長すぎ〜目が回る〜」と文句を言ってたのですが・・・・


1.jpgぴかぴか(新しい)ダイアン・クルーガーはとっても知的で綺麗でした。
うんうん。
やっぱりお化粧控えめのときのほうが綺麗。
『トロイ』のときより「毅然とした絶世の美女」にみえた。
ペンでベートーヴェンの楽譜をコピーするところも素敵でした。(あそこをもっと見たかった。Copying Beethovenなんだからさ。)

でも・・・あの盆踊りみたいな指揮はなんなんだ。(爆)
えらやっちゃえらやっちゃよいよいよいよい〜 みたい。

ま、100歩ゆずって、あれは隠れてベートーヴェンにサインを送ってるから小振りに動いてたんだ、そのせいなんだ〜とする。

でも指揮しながら恍惚とするのやめれ。

しかもそれを顔だけ・アップ・長回し・にしないで欲しい・・・
おまけに意味ありげに合唱隊のおばさんのアップも写るし。なにかの伏線かと思って顔憶えてたのになんにもないし。


ぴかぴか(新しい)エド・ハリスは、ダイアン・クルーガーよりは、それから玉木宏の千秋やら竹中直人のミルヒーよりは、指揮のまねがうまかったと思いました。

だれか指揮者について練習したんでしょうね。
ただ拍子を刻むんじゃなくて、次に何の楽器が来るのか、楽譜が分かってる感じがでてました。
それは今現役でオケにはいってる家族Bも言っておりました。

しかし・・・
いくら役づくりで太ったんだとしてもさ・・・

(あの腹はないだろう、あの腹は!)こそこそ。

・・・・しかも腹毛が渦巻いてるし。髪の毛はふさふさだし。だれなのあのおっさんは。
私のエドを返して〜〜!(爆)

それにベートーヴェン、耳聞こえすぎでは? 
第9の頃は会話のときはほとんど筆談だったはず。
まあ筆談じゃ映画にならないと思ったのかもしれないけど、それでこそ耳の聞こえない音楽家の苦しみが伝わるのでは・・・


森を散歩して豊かな自然に触れ、構想を練る、というシーンでも、画面にひろがりや森の美しさが感じられないから、ベートーヴェンに共感できないかんじ。


第九のシーンはさすがに感動的でしたね。

でもトレーラーのほうが感動したし。(?)
第九は映画じゃなくても感動する曲ですからね。


ぴかぴか(新しい)全体に、「『アマデウス』を狙って、あんな衝撃のアーティストの苦悩する姿を描きたいな」と思って作られた映画だけど、微妙にはずしちゃったのではないか、などと思ったわたくしです。


とにかく音楽がねえ・・・ exclamation×2

『ニュー・ワールド』のときのモーツアルトは「安売りしないでくれ〜」と思ったけど、『ベートーヴェン』では「この曲をここでこういう編集は?」「こんな楽器、この頃あったのか?」みたいな曲自体に関する違和感があったのです。

『アマデウス』のミロシュ・フォアマン監督はホランド監督より音楽が分かってる・・・というか、音楽監督のネヴィル・マリナーが良かったのかな。

責任者出て来い!
ベートーヴェンの音楽監督はだれなの??(海外で見るとパンフレットがないからわかんない。IMDBにも出てないぞ〜)

とにかくこの映画、音楽は特に好きじゃない、って言う人が作ってるんじゃないの?と疑問符が涌いてしまいました。パンチ

それぞれの演奏はいいんですけどね〜 
場面展開で音楽を切るにしても、つぎはぎするにしても、あそこでするか?という編集に感じてしまった・・・
エンドロールの曲でまで編集されててがっくりきたし。(あくまで当社比でございます)
映像に合わせて作るサウンドトラックと違って、もともとあるクラシック音楽を画面に当てるのは難しいから、画面を編集するときにどうしても音楽も一緒にカットしてしまうのでしょうか。



でもね〜 楽しいことも♪
 
まえにdimさんがこの映画を見て「ベートーヴェンはうちの父にそっくりだった」と書いてらしたので、

「あ、dimさんのお父さま、そんなところで水をかぶっては!」とか「あ、dimさんのお父様、橋の模型をぶっ壊すことないでしょ!」とか「あ、dim父さま、ズ、ズボンを」とか・・・・
変な盛り上がり方をしてしまったjesterでした。

ああ楽しかった。黒ハート(爆)


dimさん、ごめんなさい。これ、読まないで。(殴パンチ


posted by jester at 10:18| Comment(10) | TrackBack(1) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月02日

007 カジノ・ロワイヤル

初日に見てまいりました、新しい007。

1日は映画の日、ということもあり、いつも空いている映画館なのに、結構お客さんが入ってました。
それも中年以上の男性が多くて、ボンドファンの層ってこういう感じなのね、と思いました。

欧米では007シリーズのファンから反対運動が起きたというダニエル・クレイグさん。
『ミュンヘン』で見たときは「ふ〜〜ん、この人があたらしいジェームズ・ボンド?」と思ったのですが、立派にスパイになってましたね〜

jesterは007シリーズに特に思い入れがないので、MI;3のときと同じで「これはこれでいいんじゃないですか」という感じで楽しんできました。
まあ、ボンド、といえばショーン・コネリーが浮かぶんですけど、ショーン・コネリーと比べちゃったらかわいそうかも・・・・


イントロのアニメが、やっつけると相手がカードになってばらばらになる、というのが妙に面白くて〜

しかし車を運転するときは絶対ちゃんとシートベルトはしなくっちゃ! なんてね、深く思いましたです(爆)


以下、ネタばれあります***********




導入部分のモノクロのトイレでの殺人のへん、結構生々しくて「う、jesterはだめかも・・・」と思ったけど、あとはアクション・アクションの連続で、なんだかジェットコースターに乗ってサーカスを見ているような感じ。

特に最初の、マングース対コブラの戦いをやっていたマダガスカル(?)での追いかけっこはすごかった〜
逃げるほうの人が余りにぴょんぴょん切れよく跳ねるので、クレイグさんは筋肉がある分ちょっと重たそうに見えましたが、その破壊力は充分に見せてくれました。
『ボーン・スプレマシー』張りのアクションがすごい。


青い瞳が綺麗なクレイグさん、jester的にはもうちょっと柔らかいところ(弱いところ)を見せてくれる演出がもっとあったらいいんだけどな〜 なんて思ったのですが・・・(「レイヤーケーキ」ではありましたよね)
本来ボンドってああいう感じでしたっけ?
(強い男がふと見せる弱さ、にくらっと来るjesterです・・・)
全身筋肉、猪突猛進の鋼鉄のターミネーター、っていう雰囲気でしたね。
クールで意志の強い、ドイツのスパイって感じがしました。(あくまで根拠のない当社比です〜)あせあせ(飛び散る汗)
ま、それにしては簡単に毒入りカクテルとか飲んじゃって・・・・
あれが解毒剤があるものだから良かったけど、「放射性物質」だったら解毒剤はないよ〜 相手がロシアじゃなくてよかったね、などと非常に不謹慎な感想をもったjesterでした。


エヴァ・グリーンはキングダム・オブ・ヘブンのときも、ルパンのときも思ったけど、目のお化粧あれほどきつくしないほうが綺麗に見えるよ〜 と思いました。
ゴージャスではありましたけれど。いわゆるボンドガール、っていうイメージは壊してて、それはそれで面白かった。


ぴかぴか(新しい)Mの役のジュディ・デンチも頑張ってました。
年取っても頭はぼけてなくて切れる感じで、映画の中ではなかったけど、アクションもこなせそうです♪


今回注目していたのはマッツ・ミケルセン。
キング・アーサーのときは髪の毛が邪魔でよくお顔が見えなかったけど、今回はきっちり前髪を分けてたので、よおくお顔が見られました。(爆)
実はちょっと小心者の悪者役。
喘息とかアレルギーがあるのか、吸入器を使ったり、血の涙が出たり・・・という面白い設定です。


昔遊んだ「ポーカー」とはルールが違って、今のカジノでは、ディーラー(というか、親というか・・・・)のカードがオープンになって、それと自分のカードを組み合わせる、というルールなんですね〜
「どんなカードが来るのかっていう運じゃなくて、相手の気持ちを読むんだ!」という台詞がありました。

・・・しかしやっぱりいいカードが来なくちゃねえ〜〜

お金を取り返す手段が、カードゲームの賭け、っていうオチはどうなんでしょうか。
ゲームの行方にははらはらしますけど、スパイ活劇であるという本筋とは離れてますよねえ・・・なんのかんのといっても、どんなカードが来るか、って言う運にかかっていますもん。
ずっとスカのカードしか来なかったらどうするんだって、とっても気になります。(殴パンチ
このカードゲームの部分が全体の中でも大きなパーセンテージを占める要素だっただけに、少し脚本に疑問が残ります。

ところで、個人的には、jesterは以前、同じカードゲームの『コントラクトブリッジ』というのに凝っていたことがあって、それはチームを組んで相手の手を読みあうゲームなんですけど、あの、相手の表情をじい〜〜っと見つつ次の手を考えて・・・という辺がとても懐かしかったです。


ベニスのシーンで建物が崩壊したけど、あのシーンもベニスで撮ったのかなあ?
それともCG? 
建物全体が沈み、エレベーターがぶくぶく沈んでいくシーンで「あの辺、あれほど海が深いのか?」と思いましたが・・・・
あ、それと、エレベーターの中でエヴァ・グリーンが急に「うう!」となったのは、誰かに打たれたのでしょうか? それとも単に溺れただけ?
その辺がよく分からなかったっす・・・・。


しかしjester的には、同じスパイ物だったら、なんとなくトムクルのMI3のほうが見終わったあとの爽快感があったような気が・・・・(しかもトムクル苦手jesterなのに・・・)
いやいや、これって見たときの気分とか体調とかそういうのにも関係しているのかもしれませんね〜〜


posted by jester at 10:25| Comment(16) | TrackBack(8) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

かもめ食堂 ruokala lokki

kamome.jpg 日本映画について書いてないな〜と、デスノートで反省したので、少し書いてみることにしました。

といってもあまり日本映画は見ません。多くて年に6〜7本です。
洋画だと下手すると一月でそのくらい、か、それ以上見ちゃいますから、日本映画が占める割合は低いですね。

そんななかで、この映画は去年から気に入って、映画館でも3回見たし、DVDを買ってからは繰り返しみちゃっています。

なんか癒されてしまうのですよね。ぴかぴか(新しい)

まあ、ファンタジーなんですけど、心が疲れているときに、和むんですよ。


フィンランドで一人でおにぎりがメインデッシュの食堂をひらいてるサチエさんの下に、ミドリさんとマサコさんという女性が来て、その食堂を手伝う、というただそれだけの話なのに・・・・

サチエさんの、心はオープンだけど何事にもとらわれない、飄々とした生き方に憧れを感じます。
あんなふうに生きられたらいいなあ〜 なんて。

地味な洋服に、きっちりと束ねた髪の毛も好き。
小林聡美って綺麗な女優さんだと思います。
埃一つなくお掃除されたお店や部屋を見ていると、俄然お掃除したくなる映画でもあります。

彼女がプールで「カーネーション、一番好きなのはカーネーション♪」って歌いながら泳ぐシーンがまた好きで、よくまねして歌いながら泳ぎます。(水飲む〜〜)あせあせ(飛び散る汗)

笑えるシーンも多くて、ニシンのおにぎり、ザリガニのおにぎり、そしてトナカイのおにぎりを3人で囲んで食べるシーンでは爆笑。
ちょっと罰ゲームみたいですよね〜

それから、ネノコク参りについてのマサコさん(もたいまさこ)のアクションがおかしくて・・絶対やってるよ、あの人。

コーヒーをおいしく入れるおまじない「コピ・ルアック」は早速やってみています。


北欧家具のすっきりした感じや、静かで落ち着いた街並み、フィンランドの森の美しさも素敵。
森が美しい国だから、人間ものんびり、なんですね。
ムーミン大好きjesterにはあこがれの国です。

いつか行こうと思っています。

でも冬はつらいのだろうなあ・・・・
お昼過ぎにはもう暗くなってくるんだそうです。

お天気がいいだけで大分救われちゃうような気分の時には、そういう冬は結構しんどいだろうなと思ってしまう、気弱jesterであります。
ロンドンでも冬は自殺者が増えるっていうし・・・

この映画はフィンランドが一番美しいであろう、夏に撮られたらしくて、そんな陰鬱な冬を感じさせません。


細かい突っ込みどころはあるのですが、女優さんたちの個性ある演技がそれを打ち消してます。
小林聡美、もたいまさこ、片桐はいり、の3人の女優さんの立ち振る舞いが、気負うところがなくて、とても自然です。
昔からのお友達のような気分になってしまう。

泣くような要素はない映画なのに、その優しさが嬉しくて、ほろん、と涙がこぼれたりするのでした。たらーっ(汗)

posted by jester at 12:07| Comment(10) | TrackBack(1) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

カポーティ

capo.jpgなんかね、とっても清潔というへんてこな感想を持ったjesterです。

でも好きです、こういう映画。猫


話の内容は「冷血」や「ティファニーで朝食を」などで名を残すトルーマン・カポーティが、ノンフィクション小説である「冷血」を書き上げた6年間の伝記映画です。

血も凍るような殺人事件と、犯人たちの死刑に向けての苦しみ、そしてそれを取材する作家の苦悩が題材ですから、見ている人も神経ぴりぴりしてくるようなダークで重い内容なんですよ。

トルーマン・カポーティを演じたのは、この映画で第63回ゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したしたフィリップ・シーモア・ホフマン。
MI3でジョナサンに引きずられていた小太りの悪者役だった人。(殴パンチ

冷血
カポーティはこの本しか読んだことがなかったjesterは、カポーティがこんな人だったとは全然しりませんでした。

カミングアウトしたゲイで、恵まれない少年時代を送ったけれど、小説家としては成功し、セレブとも付き合う派手な生活を送る。
しかし「冷血」を書いてからは、短編をいくつか書いただけで、長編をのこすことなく、アルコール中毒で亡くなる。

こういう人を、フィリップ・シーモア・ホフマンがとても上手に演じてます。
甲高い声、気取って人をひきつけるおしゃべり、小指を立ててグラスからレモンを浮かしたアルコールをひっきりなしに飲む・・・・
ほんとなりきってますねえ〜〜


なんで「清潔」と思ったかというと、とにかく身奇麗にしてるんですね、カポーティは。
お風呂に入りたてみたいにぴかぴかで、ちゃんと洋服を着こなして、きっちり片付いたお部屋で原稿を書く。
ちょっと病的なほど。

それだけじゃなくて、刑事さんのおうちも綺麗だし、死刑囚たちも清潔でした。パンチ

capo2.jpgカポーティの興味を引いた(そしてもしかして、恋愛感情に似たものも?)死刑囚のペリー・スミスを演じたクリフトン・コリンズ・Jrのきらきら光る目が印象的でした。

貧しい少年時代を送り、芸術的な才能がありながら、そして道徳観もあるのに、突然殺人鬼に変貌してしまう異常性も持ち合わせている。

冷血
jesterは昔撮られた白黒映画「冷血」も見たのですが、これ、とっても怖かったです。
殺人事件がとてもリアルに描かれているのです。
そして事件後の犯人たちの生活、つかまるまで、そして処刑も・・・・

この映画の中ではカポーティは出てきませんが、それらしき雑誌記者がチラッと最後に出てきます。

そして、昔の映画のペリーは小太りで、ギターを弾いて芸能界デビューを目指す人のよい青年って感じでした。

『カポーティ』のペリーは芸術家っぽくて神経質な感じです。
絵も上手だし、陰がある感じで、う〜〜んこれなら、カポーティ、惚れるかも・・・・

華やかな世界で恋人(男性です)とリッチに暮らしながら、死刑囚に共鳴してしまう。
「飯の種」「死んでくれないと本が出せない」といいつつも、ペリーの死刑が近づくにつれて廃人のようになってしまうカポーティ。


「ヒューマンドラマ」なんていう宣伝のうたい文句が笑えますが、かなり人間観察は細かいです。

できたら「冷血」の本を読んで映画も見てから見たほうが、より「カポーティ」が楽しめるかもしれません。
映画は事件についてはあまり詳しくかかれてませんから・・・・


脇を固めるクリス・クーパーがかっこいい!
キャサリン・キナーも落ち着いた演技で映画を引き締めてます。


カポーティはインタビューなどをしたらその内容の94%は記憶していたそうで、6%ぐらいしか記憶できないjesterにはショックでした。
(頑張れ!jesterの海馬!!)


フィリップ・シーモア・ホフマンがゴールデン・グローブ賞主演男優賞をとってくれてよかったな〜
じゃなきゃ、こういう地味な映画、日本では公開してくれなかったか、レイトショー公開だったかもしれないもん・・・・たらーっ(汗)

posted by jester at 20:51| Comment(6) | TrackBack(5) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

KAMATAKI 窯焚 その6 インタビューその四

このインタビューの前は、藤竜也さんについてあまりよく知らずにいたjesterなんですが、いろいろお話をうかがって、藤さんの印象が変わりました。
マット・スマイリーの話から、藤さんの英語の話になって、とても美しい英語をしゃべられると聞き、思わずjesterは失礼にもこんな質問を・・・あせあせ(飛び散る汗)


猫    猫     猫     猫     猫

j; そうなんですか?(映画では藤竜也さんはひどい片言の英語でしゃべります。) 

Gagnon監督(以下G); 彼は最初の日すごく怒ったんですよ。
私のところに来て、完璧なシェークスピアイングリッシュで話したので、
「だめだめ・・・うまくしゃべれ過ぎですよ!だめです」といいましたら、
「英語で映画に出るために、ずっと英語を勉強し続けてきたのに、ブロークンジャパニーズイングリッシュ??」とね。
でも彼は本当に英語が上手なのです。

k14.jpgだから朝から晩までマットと藤は一緒で、ず〜〜っと一緒に話してました。
ちょっとここでは話せないような「男同士の話」も・・・『愛のコリーダ』の頃の話とか・・・お〜〜恥ずかしい・・・(爆笑)
でも俳優としての勉強ですからね〜〜
「あの時、どうしたの? どうやったの??」なんて。(さらに爆笑)



Mさん(カナダ大使館広報の方です); あの映画(「愛のコリーダ」)、見られましたか?

G; ええ、もちろん。

j; 私は見ていないのですが・・・

G; あれは見るべきです! 『愛のコリーダ』はとても美しいフィルムです。最初に見たときはもちろんショッキングかもしれませんけれど、でもとても美しいラブ・ストーリーなんですよ。


大島(渚)監督があれを撮ったときはたぶん時期が早すぎたんでしょうね。
私も最初に見たときはあまり好きではありませんでした。「ショッキングすぎる」とおもったのです。もちろん今ではそうは思いません。とても優しいラブストーリーだと思います。見るべきですよ〜

j; あれが公開された頃はまだ少女だったもので・・

G; 今はDVDでみられますよ。
モントリオールで私の映画、『Kamataki』が公開された後、『愛のコリーダ』が再発売されたんですよ。藤の写真があらゆるところにあり、みんな彼の話をしてましたから。
藤はカナダでは今や有名人です。新しい世代の人たちにもね。

j; 「KAMATAKI」の撮影にはどのぐらい日にちがかかったのでしょう?

G; 実際の撮影は、計画では38日を予定していましたが、37日で終わりました。
難しかったのは窯焚シーンです。ヒゲをそらないでやるので、だんだんに伸びなくちゃいけないから、助監督は大変でした。
「今日はひげが伸びてないからこのシーンは撮れないわ」とか考えなくちゃいけないのでね。窯焚シーンでは10日間、ノーストップで撮影したのです。

j; その辺が一番苦労なさったシーンでしょうか。

G; ええ、たくさんのシーンを撮影して、窯焚のシーンは大変でしたが・・・
私自身2回も窯焚を(神崎)先生のところで経験させてもらっていましたから。シナリオを書いているときに、どんな感じなのかプロセスをよく知っておく必要があったので。

窯焚シーンでは100時間フィルムを撮りました。私のアシスタントも窯焚の過程をよく知っていたので、撮影の計画ができたのです。
だから、他のいくつかのシーンのほうがもっと難しかったですね。

吉行(和子)さんとケンのシーンもとても難しかった。ケンは日本語がしゃべれない。彼女は英語がしゃべれない。コミュニケーションができません。こういう種類のシーンのほうが窯焚のシーンより難しいのです。

前にお話した仏教の話のシーン、お茶の出てくるシーンですが、何回も撮りなおしました。こっちのほうが私にとっては難しかったのです。

京都の撮影、「たぬきさん」の撮影もやはり難しかったですね。技術的にも、群集をコントロールしたりするのが大変です。だから、簡単に見えるシーンが、実は撮影は難しかったりすることがあるのです。


喫茶店   喫茶店   喫茶店   喫茶店   喫茶店   喫茶店   喫茶店   

まだまだお聞きしたいお話がたくさんあったのですが、この辺で時間が来てしまいました。
jesterがした質問はこれで終わりです。
この後、ご一緒させていただいたえりこさんが『なぜ信楽焼きを選んだのですか』などの質問をなさいました。
(えりこさん、わたしばかり時間をとってしまってごめんなさい〜〜!!)

そして最後に、

j ;写真を撮らさせていただいてよろしいでしょうか?

G; もちろん! それで、このまま?それとも脱ぐ?

j; じゃあ、脱いでくださいますか?

G; ああ・・・じゃ、ちょっとワイフに許可を得ないと・・・

j; う〜〜ん、じゃあ今回は着衣のままで・・・

などという爆笑会話があって、写真を撮ったりいたしました。


作り手のお話を聞くことによって、より映画について、そして映画製作について、わかることができて、とても勉強になりました。
へたくそな質問&英語に寛大に、そしてフレンドリーにお答えくださったガニオン監督、こんなチャンスを下さった皆々様に感謝!!です!黒ハート


そして最後まで読んでくださったあなたにも、心から感謝〜〜!ハートたち(複数ハート)



このインタビューの内容、写真などのコピーライトはガニオン監督、カナダ大使館広報部とjesterに帰属します。無許可の転載は絶対なさらないでください。文責はjesterにあります。
posted by jester at 11:20| Comment(9) | TrackBack(0) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月25日

KAMATAKI 窯焚 その5 インタビュー参

試写の前に、ガニオン監督がスクリーンの前に立たれ、

「若い頃は『資金が集まらない』だとか、いろいろ文句を言っていた。
その頃『好きな映画を撮れるだけで幸せじゃない?』といわれた。
その時はそれほど考えなかったけれど、それがだんだんにわたしの中にしみこんできた。そして今はつくづく映画を撮ることができる幸せを感じています」


ということをおっしゃってました。

ほんとうに「好きな映画を撮る幸せ」が伝わってくるような映画でした。
こういう映画に出会えたとき、観客は幸せになれるなあ〜と思います。
ガニオン監督に感謝。

インタビューは始終笑いに満ちて、フレンドリーでありました。
ガニオン監督のキュートな笑顔です。黒ハート

 
ga2.JPG

このインタビューの内容、写真などのコピーライトはガニオン監督、カナダ大使館広報部とjesterに帰属します。無許可の転載は絶対なさらないでください。文責はjesterにあります。


さて、インタビューの続きですが、マット・スマイリー君についての部分。

マットは映画を見てくだされば分かるのですが、とても美しい青年です!
でもなかなかいい写真を見つけられなくて・・・・

全国の美青年ファン(あるのか、そんなもの?)はぜひ映画を見ていただきたい〜


晴れ    晴れ    晴れ    晴れ    晴れ    晴れ    



j; ええと、ではケン役を演じられたMatthew Smiley(Matt Smiley)さんのことをうかがいたいのですが、カナダではいくつかの映画に出られていますよね。

Gagnon監督(以下、G); ええ、彼の父親は弁護士で、その後プロジューサーになったのです。その関係で、マットは小さい頃からいろいろな映画撮影現場にいました。
最初は俳優としてではなく、父親についていっていただけですが、成長するとともに、若い監督などから頼まれて、短い映画のちょい役をするようになりました。

k15.jpg
今は彼はロスアンジェルスに引っ越して、ハリウッドにいます。次の作品を待っているのでしょう。だって彼はとっても素晴らしい役者なんですから。

かれはとても運動が好きな若者で、小さい頃タイボクシングをやっていて、今でもトレーニングを欠かしません。
だからキャスティングしたとき
「ああ・・・ちょっと筋肉がありすぎ・・・これじゃこの役は無理だよ」と彼に言いました。「トレーニングをやめてくれない?」と。
そうしましたら、彼は小さい頃からずっとトレーニングをしてきたのに、4ヶ月まったくトレーニングしませんでした。そして彼の筋肉と身体はとても小さくなりました。

私の案では、映画の最初の部分で彼はとても落ち込んでいます。死にたがっている若者ですからね。

k12.jpgでも本物の彼はとても強靭なガッツのある若者なんですよ。明るいし、よく冗談をいって笑うし。でも4ヶ月たったら、かれはとてもか弱い静かな感じになりました。(笑)かれは素晴らしい役者ですよ。


j; 映画の中でも彼はすごい変化を遂げてますよね。弱々しかったのが次第に強くなってきて・・・。
かれはとてもいい演技をするので、日本でもきっと人気が出ると思います。すっごいハンサムだし(笑)

G; そうそう、かれは素晴らしくハンサムですよ〜 
おかしいのは、彼と一緒にどこかに行くと、もうそこにいるすべての女性が「お〜〜〜!!」(目を大きくして見つめるふり)そして最近はゲイの男性も!!(爆笑)
ゲイの男性は彼が大好きですよ・・・でも彼はゲイじゃないですけどね(笑)

まあそれは置いておいて、私たちがやろうとしていたのはバランスをとるということ。

映画の前半では、藤さんが演じる叔父の琢磨がしゃべります。
行動もSexも琢磨、琢磨、琢磨・・・でもそれが、次第にゆっくりとシフトしていきます。
シナリオはそう書かれているんです。
だんだん、ケンがしゃべり始める。以前はしゃべらなかったのがしゃべりだす。
そうすると今度は琢磨がしゃべらなくなってくる。Sexシーンもなくなる。
役が変化していくのです。

だから役者さんにはとてもとても難しかったですね。
ケンはいつもシナリオの中で自分がどの位置にいるか確認しなくてはいけませんでした。
そして、ケンの髪型も最初は顔にかぶさっている感じですが、それからゆっくりと額の髪の毛が上がっていきます。

こういう細かいことを観客に気がついて欲しいわけではないのですが、心理的なメッセージなんです。

マットはとても注意深くて、演技をすることに真剣でした。そして藤(竜也)と一緒に・・・藤は完璧な英語を話しますからね、いつも一緒にいました。映画の中では違いますが。



・・・・と英語の話になったところで、話が藤竜也さんのこと、そして「愛のコリーダ」についてなど、変わっていきます。

続きます・・・・・。
posted by jester at 10:22| Comment(4) | TrackBack(0) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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