2008年10月04日

アイアンマン IRON MAN

アメコミ原作のヒーロー物で、ロバート・ダウニー・Jrが主役??

なぜじゃ〜〜姫様〜〜!(jester心の叫び@ナウシカのミト爺)

ウィル・スミスが「ハンコック」というのはわかる。
クリスチャン・ベールの「バットマン」はカッコよすぎだし、「スパイダーマン」のトビー・マグワイアだって、最初はかなりいい線いっていたと思う。

でもねえ・・・ ロバート・ダウニー・Jrかあ・・・
しかも兵器産業の若き天才CEO・・・・?

そりゃあ、ロバート・ダウニー・Jrだってブランドン・ラウス君みたいにつるつるの、めんこい頃がございましたよ。

それにしたって、その頃からドラッグ問題を引きずって、アリー・マックビルの恋人役を降板させられたり、最近は新聞記者だったのに落ちぶれて、真昼間から酒びたりのアルコール中毒で、おなかぶよぶよのヒゲ面のおっさんだしねえ・・・・
(それは『ゾディアック』の中のお話でしょう!)パンチパンチ


しかもヒロインがグゥイネス・パルトロウ・・・・?

う〜〜む。


とまあ、一見謎の配役に見えた今回の『アイアンマン』ですが・・・

見てみたら、テンポが良くて楽しめたので、
jester的お好み度は ☆☆☆+ でした。


****以下、ネタバレないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****



細かい突っ込みはアメコミ原作ですからこの際無視するとして、洞窟で鉄くずからアイアン・アーマーを作り出しちゃったり、コンピューターでロボットを立体的に設計したり、よろよろと飛ぶ練習をしたり、テロリストをやっつけたり、かなり楽しかったデス。

普通の身体能力の人間が、スーパーヒーローになるというと、なんといっても「バットマン」ですけれど、バットマンがかなりダークにリアルに進化したのに対して、こちらはとっても明るくてあくまでも脳天気。

気軽にスカッとしたい時に見るにはちょうど良く、どちらかというと「スーパーマン・リターンズ」の乗りっていう気がしました。


猫ロバート・ダウニー・Jrはかなり体を絞っていたとはいえ、やっぱりどう見ても、金まみれの酒漬けのスケベなおっさんに見えましたが・・・(殴
まあ役柄には合っていたかも。(爆)
ああいうヒーロー像は今まであまりなくて新鮮な気がしました。


ぴかぴか(新しい)アメコミのヒロインにはちょっとトウが立ってるし、華があるのだろうかと不安だったグゥイネス・パルトロウも、jester的には問題なかったです。

彼女が出てくると、画面が妙に落ち着く感じで、色気むんむんの若いお姉さんが出てくるよりも、安心してみてられるし。
ロバート・ダウニー・Jrとの年齢的釣り合いを考えても、ちょうど良かったかも。
しかも2人のラブシーンはチッスすらなかったですしね・・・・


ジェフ・ブリッジズの悪役ぶりもよかったけど、jesterが気に入ったのは、ロボットアームの「不器用」君

飛行訓練で、消火器を持って火が出たら消す役なんだけど、じっと消火器をロバート・ダウニー・Jrに向けてるひたむきな姿が可愛くて。

全編にでてくる、二人(?)の会話もおかしかった。
アーマーを装着している時のロバート・ダウニー・Jrのセリフでも、「Please be gentle, this is my first time...」
(「初めてなんだから優しくしてね」)とかね、真剣にロボットアームに言ってるのが爆笑でした。
それに答える「不器用」君の、R2-D2みたいな鳴き声(?)も可愛い。


それと忘れちゃいけないのは、ショーン・トーブさん。
テロリストにつかまってるYinsenの役をやってましたが、『クラッシュ』以降、『マリア』やら『君のためなら千回でも』やら、いい味を出していて、アラブとか中東系の役柄のバイ・プレイヤーとしてかなり定着してきた感じがありますね。


それと、IMDBを見てたらポール・ベタニが出てたって書いてあったけど、全然気がつきませんでした・・・
Jarvis???
私としたことが・・・・・ベタニさんを見のがすなんて!
どこに出ていたか、ご存知の方は教えてくださいませ。

最後のエンドロールの後のシーンかなあ・・・?
あそこはサミエル・ジャクソンしかいなかったよねえ・・・・

追記;コメント欄でDDさんに教えていただきました。DDさん、いつもありがとうございます♪

Jarvisはあのおうちの執事役のコンピュータだそうで、ベタニさんはその声をやってたんですね〜
アイアンマンになってるときも、いろいろアドヴァイスしてくれる心強いコンピュータさんでしたわ。
そっか・・・・ あの声が・・・(涙)
・・・いい声だとは思ったのですが(負け惜しみ)

どうもjesterは耳が悪くて、それにしてもベタニさんの声に気がつかないなんて、口惜しいです〜
(しかし2作目にも本人が出るって言うことはなさそうだなあ・・・)

IMDBに声の出演で出る時って普通は役柄名のあとに (voice) がつくので、体も出てたのかと必死でベタニさんの姿を追い求め脳内検索をかけてましたが、全然わかりませんでした。
DDさんに教えてもらってよかったです♪
じゃなかったら気になって気になって、もう一回見に行かなくては気がすまないところでした。

ちゃんと出演するなら、いっくら見る前に情報シャットのわたくしでも気がついてるはずでしたわ・・・。

あ〜 私って思ってたよりずっと、ベタニさんがかなり好きなんだわ。
(「見のがしたか?」と思いあまりにどきどきしたのでやっと自覚した)




ま、テンポが良くて脚本がよく練られていたと思います。
アメコミそのもので、人間の苦悩とかは無関係。
リアルにはできてなかったけれど、それなりに楽しめるように考えられていて、大人でもOK。
すっきり、後には何にも残らないけど、とりあえず楽しかったね〜 という出来上がりでした。

そして、ラストシーン。

『エンドロールの後に続きがあります』と字幕が出たおかげで、誰も最後まで席を立たず、頑張ってみてましたね〜

もちろん続編を作る気なんですよね。


jesterは見に行くかわからないけど・・・・(汗)
posted by jester at 12:31| Comment(17) | TrackBack(11) | あ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

イントゥ・ザ・ワイルド Into the wlid

また心の宝物になるような映画に出会えました!

映画を見る側にとっては、見終わったあと、心の中に切ない痛みを伴う何かが残る。
映画を作る人にとっては、きっと「こんな映画が作りたい!」と思わせるような。

ショーン・ペンが伝えたいと思ったことがダイレクトに伝わってきて心のピンポイントにビシ!っと納まるような映画でございました。

jesterのお好み度、☆☆☆☆☆+ でございました。

(一旦書いたのに、なぜかぜ〜〜〜んぶ消えてしまったので、かなりショック・・・・
本日、気を取り直して再挑戦してみます。はあ・・・・あせあせ(飛び散る汗)

intothewild_bigreleaseposter.jpg


『欲しいのはそれじゃないよ、父さん』

優秀な成績で大学を卒業し、将来を約束されていた若者が旅に出る。

旅の途中で若者が体験する出会いと別れ。

それでも若者は荒野を目指す。

たった一人で。



実話がベースになっているので、『めでたし、めでたし』では終わりません。

でも見終わったあとに重い気分にならないですむのは、主人公のみならず、登場人物たちが何らかの形で成長しているからかな。

年端のいかぬものも、年老いたものも、みな1歩を踏み出している。


主人公クリスの旅立ちは、純粋さゆえの無知から生じた、若さゆえの冒険といえるかもしれない。
けれど、その無謀さと傲慢さで成された行動は、別の角度から見れば逃避であるし、ある意味『自傷行為』にも見える。
そして、本人は意図していないかのようだが、実は緩慢な『自殺行為』でもあったのではといいたくなる。
ただの「自分探し」の旅じゃないのは確か。

どこにでもあるような家庭不和。
ホームドラマを絵に書いたような幸せな家庭なんてそうはないし、考えてみれば彼なんかかなり恵まれた環境なのに・・・

若いって、自分の痛みにばかり敏感で・・・(汗)

けれど、かつて同じような自分勝手な痛みを抱えた青春時代を送ったものには、身に覚えのある衝動であり、その通過儀礼をこなして何とか生きながらえた身から見れば、その砌を自分は偶然にも踏み外さずに、良くここまで来られたと感慨を持ってしまう。

そして、現在その痛みの真っ只中にいるものには、ある意味指標となり、視点を変えることが出来、受容し感謝する道へ進む指針となるかもしれないと思いました。

まあ実際に深刻な喪失体験をしなくては、なかなか受容+感謝って受け入れがたいのかも知れないけれど・・・


貯金を捨て、カードを切り、お金を燃やし・・・
そんな青臭い姿がやけにすがすがしくて、いつの間にか軽やかじゃなくなっている自分を思いっきり笑い飛ばしたくなります。

(家族Bがデートで『20世紀少年』を見るというので、デートで見るならこっちがお勧め、といっておきました。わははは。見終わったあとの2人の会話を知りたいです。盛り下がるかしら・・・?(汗))


本ソロー、トルストイ、ボリス・ パステルナーク、ジャック・ロンドンなどの本を何度も読み返しつつ、レフトハンドライティングでノートにメモを取りながら、旅をする・・・ この辺もjesterにはつぼでした。


ぴかぴか(新しい)主人公クリスを演じたエミール・ハーシュは素晴らしかった。
その繊細な視線、はにかんだピュアな微笑み、そして最後の壮絶な演技・・・・(CGも使われていたのかもしれないけれど、それにしても18キロ減はすごい。ショーンにビシバシしごかれて、走らされたのかな?)
いい役者さんです。
そして、俳優さんを伸ばしてくれるいい作品に出会えて、ラッキーでしたね。


『モーターサイクル・ダイアリーズ』を連想してしまうな〜と思いつつ見ていたのですが、それは若者を主題にしたロード・ムービーだからというだけでなく、なんと撮影監督がエリック・ゴーティエなんですね!
アメリカの大自然の美しさを堪能しました。
彼の画面があったからこそ、実話の過酷さが救われた部分があったと思います。


****以下、ネタバレないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****


人と人のふれあいが人間の内部に変化を呼び、年に関係なく目覚めさせることもある。

クリスが旅の途中で出会う人たちが、素晴らしい俳優さんたちで固められていて、キャラクターも鋭く深い人間観察によって作り上げられており、ありがちな安っぽいものでなかったのが良かった。

なかでも年老いたヒッピー夫婦の奥さん、ジャン(キャサリン・キーナー)が良かった。
女性の美しさって若さだけじゃないよなの証明であります。
クリスと海で泳ぐシーンが綺麗で感動しました。

ぴかぴか(新しい)それと、孤独な老人、ロンを演じたハル・ホルブルックはこの演技でアカデミーの助演男優賞にノミネートされたのですね。
うるんだ青い目から伝わってくる、戸惑いと愛情にしびれました。
彼にクリスを止めて欲しかった。


そしてクリスに思いを寄せるトレーシー。
『パニック・ルーム』の女の子なんですよね〜

この二人のエピソードは切なくて、jesterは好きなんですけれど、23歳の青年として、トレーシーに取った態度は自然なんですかね? まるで聖者のようにストイックに見えましたが。

その理由としては
1、同じぐらいの妹を持つ兄としての気持ちが強かった。
2、これから冒険の旅に自分を探して出かけるのに、想いを残したくなかった。
3、女性に興味がなかった。(殴

なんて考えてしまいましたが、・・・まあ、そんなことはどうでもいいのです。(汗)


ウィリアム・ハートの「父の慟哭」も胸を衝かれました。
朦朧とした目に映る苦悩に、思わずクリスを責めたくなったです。
お父さんだって人間なんだよ。間違ってることだってあるけれど、だからこそ生涯学んでいくもんなんだから。
「子どもは親に厳しい」って本当です。
ショーンの父としての心がこのシーンを入れたのだろうなと思われました。

残された家族への配慮で、きっと映画では書かれなかった、もっと複雑な家庭の事情などもあったのでは? とも思いますが、それにしても、子どもをなくす親の気持ちは、思って余りあります。


残してきた妹はもちろん、旅の間にも、彼に差し伸べられた手はたくさんあったのに、彼はアレクサンダーのままで、なかなか本当の名前のクリストファーに戻れなかった。

手が差し伸べられたのは、彼が純でいい人間だったからだろう。

それでも彼は北へと旅立つ。
彼にとっては、自分の中に筋を通すためにも、何を置いてもいつかは行かなくてはいけない場所だったのだろうか・・・・

それが青春ってもの、っすかね。ああ、まぶしい。


ショーン・ペン、良かったです。
『インディアン・ランナー』で表現されていた深遠な人間描写がなお研ぎ澄まされてきた感じがします。
メッセージはシンプルだけど、迷いがなくて、何が伝えたかったのかが心に直接響いてきます。
ラストシーンには彼の願いがこめられてると思いました。
ショーンは思っていたより、割とポジティブなんですね。

ま、反逆児のショーン・ペンとしては、荒廃したアメリカの精神を描くのが流行りの今だからこそ、こういった爽やかな、まっすぐなものを作りたかったのかもしれないとも思います。


そして最後の本物のクリスの写真の笑顔に息を呑みました・・・。

帰れたらよかったのに。
河を渡って帰ろうとしていたのに。

「気づいた」のにね。

残念です。


(あのバスの近くには食料を蓄えておく小屋があったらしく、地図さえ持っていたらそんな情報も手に入って、助かったかもしれなかったらしいです・・・)


Into the Wild

原作本は話題になっていたので『jesterの読む本リスト』にはずいぶん前から載っていたのですが、未読でした。
映画をみて即急に読む必要を感じました。
テアトル・タイムズ・スクエアでみて、即、隣の紀伊国屋の洋書売り場に直行したものの、すでに売り切れでした。

なので帰宅して、アマゾンで注文。

少し安いけど、ページ数が少ないペーパーバックがあったりして、どれを買おうか迷っているうちに、どんどん在庫数が減り、売り切れたり、取り寄せに8週間かかるという表示が、在庫ありになったり、どんどん動くんですね。
今、この本は日本で売れているんだな〜と感じました。

映画の一場面が表紙になっているものもありましたが、結局、実際に彼が乗っていたバスが表紙になっている、1997年に出たペーパーバックを買いました。
(が、いまこれを書いていてみたら、3日前に買った時より200円安くなっていた。またかよ、アマゾン。)
(元値が同じだから為替のせいばかりとは思えないんだけど)


jesterにも放浪願望がありますが、心身ともに実力不足で、ソローのように、クリスのように、「森の生活」を始める自信はありません。

せめて一人で海外旅行に出かけるぐらい。

一人旅は、持てる能力を極限まで酷使するし自分というものの真の実力が試されることがままあります。

耳を済ませて目を凝らして情報を収集し、自己管理しつつ、新しいものに心を開き、美しきものに感受性を震わせられるまたとない機会です。

そして帰った来た時、日常の平凡な生活の幸せさを実感できるチャンスでもあります。

また旅に出たくなりました・・・・Alex Supertrampになって。

でも今度は、旅の幸せを誰かと分かち合いたい気もする。
「Happiness only real when shared.(幸せは、誰かと分かち合った時にだけ現実になる)」んですもんね。


鑑賞後に、「深夜特急」を書いた沢木耕太郎さんが朝日新聞に書かれたこの映画のレビューを拝読しましたが、なんとなく、照れくさげに書かれていた気がしました。
ある年代以降は、きっと若い日の自分を思ってしまうのよね。



(しかし、あのバス、どうやってあそこにあったのだろう・・・・?)

後記;ただいま原作を読んでおりますが、理解がすすみます!
読み終わったら、ゆきてかえりしひびのほうにレビューは詳しく書きますが、バスについてだけ。

あのバスは、1961年にYutan Constructionという会社が持ち込んだ3台のうちの1台で、作業員の休憩所だったらしいです。
だからストーブがあったり、寝るための棚があったりしたのですね。
posted by jester at 12:39| Comment(21) | TrackBack(18) | あ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

グーグーだって猫である

最初にお断りして置きますと、jesterは

1、大島弓子さんの大ファンで、中学の頃から彼女の書いた漫画は全部読んでいるし、セリフもほとんど暗記しているほど読み返している。
人格形成にもかなり影響があったと思われる。

2、いうまでもないけれど、猫が大好き。


でございます。

だもんで、この映画を冷静に見られるはずもなく、以上の2点をクリアしてない方が、この映画をみてどう思われるのかを想像することが難しいです。

そんなjesterのお好み度は ☆☆☆☆+ でした♪

グーグーだって猫である
原作はお読みになった方いらっしゃるかしら?

jesterの読書ブログでもご紹介したことがあるのですが、12回手塚治虫文化賞短編賞もとったし、こうして映画化されるということは、広く読まれているということなのかもしれませんね。

(ちなみに手塚治虫文化賞を受賞/ノミネートされた作品って、どれも傑作が多いです。
とくに少女マンガの分野でのこれらは、わかってるぅ!という感じで、どれも読んで損のない傑作ぞろいばかりです。 
なんか面白い漫画がないかな〜と思ったら、これらを検索してみてください♪)

最近の大島弓子さんは、こういうギャグタッチの猫エッセイみたいな作品が多いのですけれど、長年のファンとしては、それでも充分嬉しいのです。

彼女の独特の情緒ある空間処理の仕方、断片的な動きの捉え方、鋭い切り込みのセリフは、ギャグタッチのなかでも充分生かされてます。

まあ、漫画そのものについては、すでに読書ブログで少し書いてますし、これ以上はまた別のところでいつか語ることにするとして・・・・

とにかく、独特の世界を築きあげた漫画家さんで、jesterは新作がでれば今でも必ず買ってます。

グーグーシリーズは4巻まで出ているし、小さい版も売り出されたらしいですね。
(MARYさんに教えていただきました。)
(ただし個人的には、漫画は文庫版より、オリジナルに少しでも近い、大きいサイズで読むのが好きです。絵を楽しむのも重要な要素ですから。)

ストーリーは、猫を飼っている漫画家の日常が、他の猫を拾ったり、病気にかかったことなどをからめ、淡々と綴られています。

だから映画になるときいて、どうやって? と、興味深々でした。


映画は漫画と設定は似ていますが、エッセンスはところどころ使われているものの、ほとんど違う話に出来上がっています。

猫は出てくるし、大島弓子さんの漫画の原稿がいっぱい出てくるので、それだけで1ファンとしては満足でしたが、あの「グーグー」を再現してくれると期待しているとがっかりするかもしれません。


しかし、「西の魔女が死んだ」でも思ったのですが、原作ファンとはわがままなもので、原作に忠実に再現してくれれば満足するというものでもないのですね〜あせあせ(飛び散る汗)

原作を愛すれば愛するほど、自分の思い込みがあり、それと違うとがっかりすることがあるし、なまじ忠実に作ってあると、愛ゆえに複雑な心境で、まるで間違い探しのようなことをして、しかもそれが許せない相違だと、全体的に乗れなくなってしまう。

けれど、違えば違ったなりに、「ああ、そういう解釈なのね〜」って面白がれる時もあります。

今回はjesterは結構面白がってみることが出来ました。


小泉今日子は、キャストを聞いたときには「え〜〜〜下膨れじゃないのに」(殴)と少し不安に思ったのですが、見てみたらなかなか良くて、好きになりました。
落ち着いた話し方が好感が持てました。

もともと大島弓子さんは、お写真などを載せることを嫌う方で、jesterほどのファンでも、お顔を見たことがほとんどありません。
なので、途中からはもしかして小泉今日子さんみたいなお顔なのかも、なんて思い込んじゃってみてました。(ないって)

上野樹里は相変わらず達者で、安心してみてられます。

あと、梅図かずおさんとか、漫画家さんがカメオ出演してます。
ちょっと「内部受け」ののりも。

大体梅図さんって大島さんと仲がいいの???
マスコミに顔が売れているから?

しかし大島さんの漫画を映画にするのに出るなら木原としえさんだろう? なんて考えてました。
(でも木原さんは映画出演なんてお断りになるのかもですが)



****以下、ネタバレないですけど、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****



窓の外をそっと覗く猫、サバ。
そして家の中の人間たちの喧騒をみて、じっと静かに座っている。

出だしのサバとのシーンからじわ〜〜っときた私だったので、タイトル前に「もうお前はすでに泣いている」状態だったのですが、それからの展開は、最初は案の定、間違い探しみたいになってしまいました。

でもしばらくして、「これはまったく別のストーリーなんだな〜」と思って見だしたら、楽しむことが出来ました。

(ま、協賛の「ニャントモ清潔トイレ」とかいうのが何回も出てくるのはうざかったですが)

なんで外人が英語でナレーター?とか、突然出てくる双子みたいな占いのオバサン(「ゴーメン・ガースト」の双子のオバサンみたいでした)なんか、シュールで面白い。

吉祥寺という街も好きなんで、メンチカツが食べたくなったり、井の頭公園に行きたくなったりしました。


犬原作には全くない、麻子さんの恋愛についてのお話が結構大部分を占めているのですが、コレについては原作者の大島さんはどうおもわれたのでしょう・・・

若いお医者さんとなんとか、っていうのはまあないとしても、編集者とのあれこれとか、「実は実話だったりして?」なんて勘ぐられたりしないでしょうか。

わたしにとっての大島弓子さんはそういう次元の恋愛(どういう次元だよ)とはかけ離れている人なので、その辺は疑問です。

自分が恋愛をするようになった頃、大島さんの漫画を読み返してみて、「ああ、大島さんの漫画に出てくるような男性って、現実にはいないんだな・・・・」と思ったことがあります。

「こういう漫画ばかり読んでいて、これがリアルであると思っていると、一生恋愛ができないかもしれない」などとも思いました。

大島さんの漫画自体は、恋愛がテーマというより、恋愛を材料として使っていても、実際は少女のモノローグであらわされるピュアな心理とか、もっと深いところにテーマがあったりするのですが、出てくる男性は、心の汚れや生臭みがなくて、天使みたいに心と体が軽いと申しましょうか、発想が女性的と申しましょうか、とにかくあまり現実味がないキャラが多いのです。

なので、著者は血の通った人間なのに、なんとなく「この漫画を書いた人は、現実の恋愛をすることはないんじゃないか」みたいなことを、勝手に心のどこかで思っていた気がします。

それは決して欠点を指摘しているつもりではなく、どちらかといえばそういう人間への憧れみたいなものでした。
「少女趣味」とかいう言葉ではくくれない、ピュアで静謐な世界なのです。
だからこそファンであるともいえます。

なので、この映画のこの部分に関しては「これは原作とは違うストーリーの映画である」と思いつつも、違和感は残りました。

いっそのこと、恋愛要素は抜いてくれたほうが、jesterにとっては良かったのですが、それじゃ時間が持たないし、一般受けしないって事なんでしょうね。


猫それでも、最後近くのサバとの対話は良かったです。

暗い、寒い中をさまよったあげく、導かれてたどり着いた、誰もいないのにストーブのついた、夢の中のようなカフェ。
人間の姿をした、逝ってしまった猫と静かに語らうひと時。

あんなことを猫がいってくれるとは、自分のうちの猫を見ていても思えないけれど、でも、生き物(猫)と生き物(人間)が寄りそって暮らすって、ああいうことなんじゃないかって思ったのです

なんだか、映画館を出た後、いろんな生き物への愛が、自分の中にあふれてくるのを感じつつ家路をたどり、家についたら、猫を「ぎゅっとしてちゅ」したjesterでした。

(北京オリンピックフェンシング銀メダルの太田雄貴選手&そのお母さんのファンです♪)
posted by jester at 13:36| Comment(8) | TrackBack(3) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

崖の上のポニョ その2

さて、本編について。
前回前置きをたらたらやってしまったので、さらっといきます。
(下の記事からの続きです♪)


(****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****)


出だし、慈母観音を思い起こさせるフジモトの画像。
この辺からも宮崎監督が意図していたことが読み取れる気がしました。

そして、海の中のリアルだけど不思議な映像に引き込まれました。

jesterは海にもぐるの大好きなんですが、海って本当に地上とは別世界で、まるでSFなんです。

ぽにょ2.jpgタンクを背負って潜ると、その3次元で上下にも移動できる独特の浮遊感と、生きてる生き物の奇妙な形、水の圧迫感と、自分の呼吸音に包まれる孤独感に、毎回驚かされます。
自分の手なのに、自分の手じゃないみたいな感じ。
すぐそこにありそうで、光が屈折してて実は遠かったり。
現実なのに、妙に非現実な世界があります。

でもテレビの画像なんかでみると、そういう感動があまり伝わらずに、ただ平面的な「海の中の映像」になっちゃうことが多いんですよ。

それが、この映画では結構伝わってきた感じがします。
それだけでかなり満足しました。黒ハート

洪水で海の下に沈んだ町の様子もシュールで素敵。
洗濯物がゆらゆら漂ってて。
あの、海中で感じる不思議な浮遊感が上手に表現されてると思いました。


猫登場するメインキャラクターはいつもの宮崎節。

元気のいい背筋の伸びたボーイッシュな女性、物分りのいい元気な子ども、可愛らしいおばあちゃんたち・・・・

宗介のお母さんのリサなんて、jesterはお友達になりたい♪
あんなまっすぐな余裕のあるお母さんばかりだったら、この世の子どもはみんなすくすく育ちそうです。

ま、jesterにとっては気持ちいい連中だけど、でも確かに見る人が見たら臭いし疲れるのかもしれないです。

宮崎監督は売れなかった時代、「トトロ」や「ナウシカ」など、今では名作といえるものたちでも、どこに企画を持ち込んでも採用されなかったそうです。

「宮崎の描くものは馬糞くさい」

といわれたそう。
(NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組でいってました。)

彼の作品に拒否反応を示す人たちが引っかかるのはこの辺なのかもしれません。

jesterも気にならないといったら嘘になるんですけど。
わりとワンパターンですしね。

でも彼の描くものに同調する部分があるのです。

ストーリーの骨格の弱さも言われることがありますね。
確かにこの話も、最後に宗介に出される課題が課題といえないようなものだったり、そうなのに周りが大騒ぎしてるような気もします。

でも、洪水で街が水に沈んでも、やたらとポジティブで明るい人たちやら、おばあちゃんと子どもが、同じぐらい軽い心で人生を楽しんでいるようすなんか、日々現実の辛いニュース映像に、見まいとしてもなお、さらされている目には、眼福なんでございます。

そして、こんな風な世界になってほしい、生まれてくるこどもたちにこんな世界を見せたい、という監督の想い。

それは『老人の妄想』なんかじゃないですexclamation×2

jesterも宮崎監督に共感します!

こういう想いがどんどんつながって、小さな根になって広がり、やがて芽吹いて、世界中に広がって、どこの国でも、どんな紛争地域でも、大人たちが恨みや憎しみ、欲得やダークな心や武器を捨てて、子どもたちにポジティブで明るい安心して育つことができる地球を残せたら・・・・

ねえ、そんなこと、妄想しちゃうんですよ。

(BGM Imagine♪ by John Lennon)

酔いしれて臭くなっちゃってごめんなさい。パンチパンチパンチ
実際jesterも心底 馬糞くさい 猫○臭い(やめれ)人間なんでございました。
posted by jester at 20:22| Comment(8) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

崖の上のポニョ その1

さて、今年の夏の「光」部分。

『崖の上のポニョ』です。

長く一つの世界でキャリアを持ち注目を浴びてくれば、それなりに批評にもさらされ敵を作りつつ、その才能ゆえに生き残ってきたと思われる宮崎監督。

アニメ好きの人の中には、彼の名前だけで反発を感じる人もいるようです。

jesterは子育て中、トトロとかいろんな作品でお世話になりましたがそれ以前から宮崎監督作品とは長い付き合いで、その癖も臭さも充分わかった上で、

☆☆☆☆☆ でございました。

公開されてすぐで、しかも夏休みだったので、いつも空いている行きつけのシネコンは超満員。
ネットで席をとっていったからよかったものの、当日チケットを買おうとした家族連れで、3時間待ち4時間待ちもいらしたようでした。

ポニョのスクリーンは1/3は子ども。1/3はその親御さん、それ以外が私のような大人で、年輩の男の方も一人でいらしてました。

普段はほとんど子どものいない時間帯に大人向け映画を中心に見ているので、これほど子どもの多い映画館は久しぶり。

なんかあま〜〜い匂いがするんですよね〜
劇場全体がホンワカしてて、なんだか幸せ♪

予告編に続いて本編が始まると、スタジオジブリのトトロのマークに、一斉に「トトロだ〜〜〜〜」とうれしそうな歓声が。

うも〜〜! かわいいったら!ハートたち(複数ハート)

その後も主人公が「どうしてだろう・・・」と悩むと「だってお魚だからだよ!」などとスクリーンに向かって叫ぶ子どもたち。
「し〜〜〜〜!!し〜〜〜!!」と必死で抑える親。

なんか癒しでしたわ・・・・


まあ、いまさらポニョのレビューかいって感じですが・・・
ヴェネチア映画祭で押井守監督に「老人の妄想」なんていわれてたので、ちょっと発奮して、jesterなりにレビューを書く気になりました。
(ヴェネチア映画祭では日本の作品の受賞はなかったようですね)


犬この映画をみる前に、宮崎監督の息子さんの宮崎吾郎氏の、この映画についてのインタビューを見ました。
吾郎氏は「ゲド戦記」で酷評され、宮崎監督も「ゲド」を評価していなかったようにみうけられました。
その辺の確執も感じさせられる内容でした。

「ポニョに出てくる宗介は吾郎さんがモデルといわれてますが」
という質問に
「子供のころ、父はほとんど家にいなかったので、映画館で映画をみるだけって感じでした。それも一回見るだけでしたし」とドライに答え、ポニョについて聞かれても口ごもり、
「くらげとか全部手書きですからね〜 すごいですよ」と、なんかよくわからない、いいたいことをいってないと感じさせられるコメントでした。

偉大な父親を持ってしまった息子が父と同じ土俵に上がろうとしたときにかかるプレッシャーは推して知るところがあります。

そんなインタビューをみてから映画館に行ったのですが、作品の中にあふれる宮崎監督の「親の目線」に
「あ〜〜お父さんは息子の事をこんなに思っているのになあ・・・」なんて思いました。

吾郎氏が育つ頃には、仕事で忙しく、自分の夢を追うのに精一杯で、家庭的な父親じゃなかったかもしれない。
でも、宮崎駿さんが父として吾郎氏に抱いている気持ちがポニョにあふれているような気が、jesterにはしてしまいました。

それは、ポニョの中で、船乗りで家に帰ってこない宗介の父親の耕一に反映されているのかもしれません。

宮崎さんは「スタッフに子どもが次々と生まれ、その子どもたちに見せたいという思いでこの映画を作った」ともおっしゃってました。

そういうポジティブな、
「子どもたちにいいものを見せてやりたい。生まれてきてよかったっていえる社会にしたい。そのために自分は自分のできる形でメッセージを送りたい」という宮崎監督の気持ちがダイレクトにjesterに伝わってきました。

パンフレットには監督のこんな言葉がありました。

「少年と少女、愛と責任、海と生命、これ等初源に属するものをためらわずに描いて、神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである」

人間の中にある弱い部分、汚い部分、不条理な部分を描くのは割りと簡単です。
しかもインパクトが強い。
反対に、人間はいいなあ〜と思える、楽しくて希望がある展開は批評しやすくて、叩かれやすいもの。
それを怖れずに、こういう作品を生み出したことに感動しました。

だってね、子供のころにはこういうポジティブで楽しいお話に、しがみついて生きる力をもらって育つ子どももいるんですよ。

それに大人だって、くすくす笑って、真っ当でポジティブな力をもらって明日を迎えたい夜があります。

そういうものを素直に受け取れる、子どもの部分をまだ心の中に残している大人にも、この映画は天恵だとおもいました。


うわ〜〜前置き長すぎて、本編にまだ入ってない・・・・(汗)

この辺で一旦アップします。
本編についてはまたかかせてください〜

続く・・・・・パンチ


posted by jester at 11:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

バイバイ、夏。

時々jesterの中でうごめきだす放浪癖(イメージは山下清画伯 by芦屋雁之助)
の呼び声に誘われ、スケッチブック片手に野良歩きを続けた夏が終わろうとしてます。

セミも自己主張力が落ちている並木道。

映画も見てたんですが、パソコンの前に座れなくて、ご無沙汰してしまいました。

夏の間で印象的だったのは、「ポニョ」と「ダーク・ナイト」かなあ。
jesterの中では明暗の対極にあった2作品でした。


またぽちぽちと映画のレビューをアップしますので、よろしくお付き合いくださいませ。

コメントを下さった皆様、お返事遅れましたが、こちらもそろそろとさせていただきます。
ありがとうございました♪
posted by jester at 09:32| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月03日

あの日の指輪を待つ君へ CLOSING THE RING

忘れないでと渡した指輪。

指輪に託されたいくつかの約束。

50年の年月が過ぎても、不器用にその約束を守り続けようとするものたちがいた。

約束が束縛となり、輪が閉じる日は来ない。

亡くしたものへの気持ちを懐に抱きながら、残されたものはその後の人生を歩いていかなくてはいけない。

長い人生を、一人で・・・・


しかしある日、少年が異国の地で指輪が掘り出す。
永遠に閉じない輪のように見えた物語にピリオドを打つ日がやってくる・・・。


男女の間に一瞬の花火のように激しく燃え上がった恋の炎は、やがて子を成し、生活を共にするにつれて、熾火のように静かに長く燃える愛に変わる。

けれど愛に変わる前に関係が断ち切られた恋の炎があったとしたら、それは、いつか燃え尽きてしまうのか。
それとも残された恋人の心の片隅で、死ぬまで燃え続けるのだろうか。


 「CLOSING THE RING (あの日の指輪を待つ君へ)」を見てきました。

jesterのお好み度は ☆☆☆☆+ でございました♪


ぴかぴか(新しい)なんといってもシャーリー・マックレーンがいいんです。黒ハート
もちろん年をとってしわくちゃですけどね。
昔から、こういう意思がしっかりとした、まっすぐで頑固な女性の役をやったらピカイチですわ。
長年連れ添った夫の葬式で、教会の中にも入らず、悲しそうなふりもせずに背筋を伸ばしてる毅然とした姿にあこがれちゃいます。
年とったからって謙虚なんかにならず、愛想笑いもしないで、視線をそらさない生き方は、きっと風当たりも強いでしょうけれど、それを跳ね返すYESがある感じ。

凛とした喪服姿もおしゃれでしたし、地味目のスーツなんかも知性を感じさせて良かったです。
こういう風に背筋の伸びた頑固ばあさんになりたい!


クリスマスもちろん脇を固める俳優さんたちも文句なし。

ジャック役のクリストファー・プラマーはカッコよすぎで、軍服も似合うし、さりげないセーター姿もおしゃれで素敵。
この演技で、彼のアメリカのファンクラブでは「クリストファーにオスカーをとらせよう!」という署名運動が起こったらしいです。
(意外なことにオスカー無冠なんですね〜)
先日見ていたふる〜い「ローマ帝国の滅亡」という映画で、すごく若いクリストファーを見ましたが、あの若き日のフェロモンが年をとっても未だに健在・ダダ漏れなのはすごいことでございます。


犬クィンラン役のピート・ポスルスウエィトは『シャープ』での悪役に代表されるような、あくが強くて、そのほかの映画でもなんとなく一癖ある役が多い人だけど、そこが味があっていいのであります。
結構好きです。彼のような俳優は映画に深みを増しますよね。

笑顔が可愛い、ジミー役のマーティン・マッキャンとのアイリッシュ訛り満載の会話が和みます。
アイリッシュがみんなあんな人ばかりじゃないというのは分かっていても、あのイントネーションと訛りを聞くと、なんともほのぼの〜としてきちゃうんです〜

あと、テディ役のスティーヴン・アメルも素敵でした。
カナダの人なんですね。


****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****


人と人の間で交わされた約束を相手が死んだ後も長年守り続けるって、不確実性の時代を生きていると、ちょっとあこがれてしまいますが、そばで一緒に生きている人からすると、とても不器用なことで、人を傷つけてしまうこともあるんですね。

エセル・アンがそのいい例で、テディへの想いが強すぎて、それが家族のものを傷つけているのに気がつかない。
普通だったら、テディへの想いは時間とともに大切に仕舞っておいて、今、現実に一緒に暮らしてくれる人を大切にするようになるんじゃないかと思うのですが、エセル・アンはあくまで頑固です。

(チャックは覚悟の上とはいえ、娘はたまったものではありません。)

というのは、エセル・アンの中では、テディは死んでいないからなんですね。
死体もなく、ただ死んだと知らされただけで奪われてしまった恋人。
だから信じられず、当時も泣けなかったし、ずっと追い続けてしまう。

指輪が見つかることによって、テディの死を現実の事として受け止められるようになり、かたくなだった彼女の心が溶けていくのを見るにつけ、彼女の青春の日々を返せ〜という気になりました。


猫この映画は、戦時中に墜落した飛行機のあとから指輪が出てきたという実話を元にしているらしいです。

その辺をいろいろ脚色して膨らませているわけなんですが、難を申しますと、IRAのテロの事をからめた辺が、比重が大きい分ちょっと中途半端な感じを受けました。
「舞台がアイルランドなんだし、こういうのをいれると現代的になるし、泣かせることができるのでは」なんていう脚本家の意図が透けて見える気がしたのがちょっと残念です。
やはりこういう意図は、巧妙に隠してくださらないと。

そして物語に厚みをもたせるのに使うには、エピソードが深刻すぎちゃって、別の方向性が見えてしまい、なんとなく本来のテーマがぼやけてしまった感じもします。


とはいえ、アイルランドの住民たちのつつましい生活や、戦時中から相変わらず綿々と続き、住民たちを苦しめているIRAの運動の熾烈さなども垣間見えて、ただのラブストーリーじゃなくしようとした脚本家の目論みはある程度成功していたようにも思いました。
posted by jester at 11:10| Comment(4) | TrackBack(2) | あ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

西の魔女が死んだ

鑑賞してからまたまた1ヶ月以上経ってしまいましたが、「西の魔女が死んだ」でございます。

梨木香歩さんの原作『西の魔女が死んだ』は愛読書でした。

家族Bにも読ませて一緒に長年『魔女修行』に励んでいたぐらい大好きな本だったです。

だからもちろんわくわくして映画の公開を待っておりました。

映画は本当に原作に忠実に作られていました。
セリフも展開もほぼ同じに進みます。
静かでゆっくりしたテンポで。
みどりが滴るような画像も綺麗。日本の美しい自然に癒される。
ラストはそれなりにしんみり。

友人たちと4人で鑑賞したのですが、私以外の3人は泣いていて、そのうち2人は爆泣きしてました。
(後記;その時は3人とも爆泣きしてると思いましたが、お一人はそれほどでもなかったということです)
(また、爆泣きしてた中の一人は、前夜『The Road』を読んだのでそれもあってより泣いてしまった!といってましたが・・・・)
(ヴィゴが主演する映画『The Road』の原作本のレビューはこちらです♪)

なのにjesterは泣けなかったのです・・・。

帰ってきてから原作を読み返したりして、その辺を探ってたのですが・・・・・

おばあちゃんの家とか、日本の山の美しい風景とか見られたし、雰囲気も良かったので、落ち着いて考えるとjesterのお好み度は ☆☆☆ ぐらいだったかなあ・・・?

でもまた「原作大好きだったからシンドローム」が出てしまった感じで、しかも映画を見たあとなんだか大好きだった原作まで安っぽくなってしまった感じがしてしまいました。

(なのでこの映画大好きなかたは以下、読み飛ばしてください〜)

クリスマス   クリスマス   クリスマス   クリスマス   クリスマス


梨木香歩さんは文学の修行をイギリスでなさった方で、作風に外人が見た日本のような独特の切り口があって好きなのです。

この「西の魔女」に出てくる「おばあちゃん」も白人で、日本の学校で、友人たちとうまく行かなくなった孫娘に「魔女修行」をさせるというお話です。

「魔女修行」といっても、結局は「生活を大切にし、意思を強く持って生きる」ということに尽きるのですが。


猫多分わたしの中に、見る前からサチ・パーカーという女優に対するあまり良くない印象があったのであります。

いつもはネタバレを避けて、映画を見る前にその関係の番組を見たりはしないのですが、ムービープラスかなんかで公開前のインタビュー番組が偶然かかっていて、サチ・パーカーがしゃべっておりそれを見てしまったのですね。

7.jpg最初は「西の魔女が死んだ」の番組とは知らず、
「だれ、このやけに派手なおばさんは」と思いつつ見ていて、気がついて「あ!!やば!!」という感じですぐに消したのですが、一瞬で「この人は『西の魔女』じゃない・・・・」という印象が深く焼きついてしまいました。

まだ「おばあちゃん」の役をやるには若い彼女だし、インタビューの時には本来の女優さんの姿に戻ってますから、「おばあちゃん」に見えなくても当然なんですけどね。

なんというか、この女優さん、本質的に『西の魔女が死んだ』で語られる「魔女っぽい」ものが全くない感じがしてしまい・・・。

(↑確かこの画像の衣装と化粧で番組の中でしゃべってました。
彼女の気持ちは分かるのですが、目いっぱい派手な若作りがjesterには違和感ありました・・・)


実は予告を見たときも、無駄な色気を感じて
「あれ? この人で大丈夫かなあ?」
と彼女が演じる「おばあちゃん」に不安があったんですよね・・・

このインタビューを見てそれが強まりました。
自分が『おばあちゃんの役』をやるのに実は納得がいかなくて、どうにか『まだ美しい私』をアピールしたがっている感じとでも申しましょうか。

しかしそこは女優なら、いっくら老け役が嫌でも、映画の中なら違うかも・・・?とその不安を打ち消してました。

でも映画を見ても、それを克服するだけの女優魂とか演技力がサチ・パーカーに感じられず、彼女の湿っぽ〜い目つきと、綺麗に膨らませた髪型やらつるぴかの手に、
「ちがうじゃん・・・」と違和感を持ったまま最後まで見てしまいました。
(『西の魔女』は湿っぽい目つきで演じちゃだめなんです!!)


猫原作を読んだ時は特に人種の優越などを意識することなく、日本の社会で馴染めなくなった人が、異文化から日本の中にやってきてしっかりした意志の力で自分を保ちながらも回りに適応して生きている人に教えられること、という感じで素直に受け取っていたのです。
が、映画を見たらなんだか・・・

「おばあちゃん」の人間的魅力が伝わってこないので、その分、日本人の「白人への憧れ(劣等感?)」みたいなものがそこはかとなく感じ取られて、それはそれでちゃんと理性を満足させてくれるものがあれば多分jesterも納得がいくのに、映画を見ているだけではどうも素直に納得できませんでした。

それもこれも、やっぱり「サチ・パーカーの演じるおばあちゃん」がjesterには駄目だったからみたいです。パンチ


ちなみに、この役、始めはサチ・パーカーの母、シャーリー・マックレーンにオファーがいったそうですね。
ぜひぜひシャリー・マックレーンにやって欲しかったです!!!!(jester心の叫び!)
ああ、シャーリー・マックレーンで脳内変換してみるだけで泣けるかも。

どんなに日本語がたどたどしくても、シャーリー・マックレーンならドライで哀愁を帯びた瞳で、心が痺れるような『西の魔女』を演じてくれたと思う。たらーっ(汗)


しかし原作未読2人、既読2人という構成で見に行った中で、他の人たちは感動して泣いていて、しらけていたのは私だけだったみたいなので、あのサチ・パーカーおばあちゃんもOKな人にはOKなんだろうなあ・・・・

「みんな感動してるみたいだし、ここのところはひとまず、私の意見はいわずにおこう」
と、映画後のお茶では静かに人の話を聞いていたjesterなんですが、その中の一人があとで映画にいけなかった友人に送ったメールで

「みんな泣いていたのに、jesterだけは腹の虫が鳴いていた」とあったらしく(爆)

いや〜〜 確かにそうでした!(しっかりばれてる!)(汗)

しーんとした中でjesterのハラの虫だけが無常にキュルキュル鳴いて感動に打ち震える映画館に響いてしまったのであります。(横にいたひと、ごめんなさい!)


その上、このロケ地が早くも観光地化して、「おばあちゃんの家を訪ねるツアー」があるとかないとか・・・(汗)
うむむむ。
(シャイアに行きたくてニュージーランドまでいってしまったあたしにいわれたくないでしょうから強制終了。)



とまあ、ひとり拗ねてしまったわたくし、その後も原作を読み直しても昔の感動がよみがえらず、途方にくれております・・・・たらーっ(汗)

posted by jester at 09:17| Comment(6) | TrackBack(1) | な行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月15日

ジュノ Juno

昔、三年B組では女の子が妊娠してしまい、担任の金パチ先生は生むのか生まないのかで大騒ぎするPTAにもまれていたもんでした。

今だって中学生や高校生が妊娠したとしたら、周囲は同じような騒ぎになるのでは?

最初の友だちの「重いものを持つと出るかも」のセリフにはぎょっとさせられましたが、あの年代の子どもならあんなことをいいそうですよね。

なので、どちらかというとPTA視線で見始めた映画でしたが、セリフの巧妙さと、ジュノのキャラクターが上手く描けていたので、結局気分よく見終えることが出来ました。

jesterのお好み度は ☆☆☆☆− でございました。



****以下、映画の内容には触れてます。未見の方、ご注意ください!****

オレンジジュースのガロン瓶(?)をがぶ飲みしながら向かうのは薬局。
どうどうと妊娠検査器を買い、店のトイレでやってみて、出てきて店主の前で「やばい!」と叫ぶ。
う〜〜ん、オープンである。
アメリカというお国柄を考えても、ジュノはオープンですわ。

妊娠検査器にでた横線をふっちゃうのには笑いました。
あれは形が体温計に似てるから、ついふってさげたくなりますよね。

まあふつうならここから「友だちにカンパをつのり」とか「親に誤りを入れて付き添ってもらい」とかいう流れになるのでしょうけれど、ジュノは『生んで、子どもの欲しい夫婦に育ててもらう』という選択をします。

中絶手術してしまえばそれまでのものを、命として生みたい、その命に育って欲しいと考えるのは、人間的な選択ではあると思いました。
こういう選択肢もあっていいと思うのです。

ただ本人は大変ですよね。
10ヶ月間大きなおなかを抱えて学校に通い、苦しんで生んで、そのうえ「あの子は10代で子どもを生んだのだ」というレッテルがはげることは一生ないし。

それでもごく自然に「生む」という選択をしたっていうのが、jesterには嬉しかったです。
ジュノの心のためにも、実は「生む」のが一番いいと思います。
もし手術したら、将来また新たな命を授かった時、それを生み育てることが出来たとしても、その命を慈しめば慈しむほど、過去にしたことは一生心の傷になると思います。

そしてそれを受け止める両親も、母とは血がつながらないとはいえ、よく出来た大人でございました。私じゃとてもあそこまで落ち着いてられません。
ちょっと良くできすぎですかね。(汗)

超音波検査の時、義母がバシッと言い返したのが気持ちよかった。


ぴかぴか(新しい)それと、ヴァネッサが良かったです。
ジュ二ファー・ガーナーはどうしてもエイリアスの女スパイに見えてしまい(爆)その上少々痩せすぎですが、それでもあふれ出る子どもへの愛を見事に演じてました。

jesterの人生の中で、子どもを生んだということは、とても大きな感動と愛と責任感の嵐のなかの激動の体験だったのですが、その辺も、生みの母と育ての母が違うとはいえ、そつなく表現されていて、ヴァネッサはきっといい子育てをするだろうなと思いました。


例えば
「When you get pregnant, typically, you'll have a baby…」などなど、すっとぼけたセリフの細かいひねりが随所で効いていて、それが笑えました。

それとヴァネッサの夫が「日本に行った時買った漫画だ」といって見せた「スーパーユキ」とかいうコミックの絵柄が、完全にアメコミなのにも苦笑。


クリスマス妊娠し、子どもを生むということの重さはなく、軽く明るくテーマを捉えていたのが、私には気持ちよかったけれど、逆に考えると「コレでいいのか」と思う方もいるでしょうね。

まあそういう風に多面的な物事の見方を紹介するという点でも、この作品の価値があるのではないかしら。


猫しかし・・・ジュノ、男の趣味悪すぎです。

妊娠して、あまりに子どもっぽくて無責任な相手の態度にジュノが怒り、男の真の価値に目覚めるのかと思ってみてましたが・・・・(爆)

相手の男の子の外観も、クラスにいてもあまりかっこいいとは思えないような俳優さんだったので、その辺はちょっとしらけていたjesterでございました。
(なんだか三年B組の時の赤ん坊の父になる男の子に、ぼ〜〜っとしてるところが似てる気がしましたが・・・・パンチ

posted by jester at 09:29| Comment(6) | TrackBack(2) | さ行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

奇跡のシンフォニー AUGUST RUSH

とにかくジョナサン・リス・マイヤーズがでるっていうので、噂の段階からとってもとっても期待していた『AUGUST RUSH』。

しかもフレディ・ハイモア君の父親役?? なんて盛り上がっておりました。

まあ、なんか邦題がすごいことになっているので、やな予感もしてたのですが・・・・

公開されて5日目に早速見てきました。(相変わらず今はむかし・・・です・・・あせあせ(飛び散る汗)

august2.jpg

うむむ〜 

これはジョナサンのプロモーションビデオですか? というほど、ジョナサンファンには嬉しいアップの連続で、目が釘付け。
歌も演技も、ファンの方には嬉しい作品でしたでしょう。


でもお話はちょっとご都合主義。パンチ(殴
というか、リアリティがない『奇跡の』ファンタジーなんですね。
そこに酔えるかどうかがこの映画にひたれるかどうかのポイントだと思うのですが・・・

ファンタジーならもっと思いっきりファンタジーの作りにしてくれないと、乗りそこないます・・・


出だしの麦畑シーンで「歓びを歌に載せて」的な展開を予測したjesterのお好み度は ☆☆+ ぐらいでした。(涙


なので、辛口です。
この映画がお好きな方はどうぞスルーしてくださいませ。


****以下、ネタバレあります。映画の内容に触れてます。未見の方、ご注意ください!****



クリスマス   クリスマス   クリスマス    クリスマス 

  

俳優さんたちは、良かったんですわ。
ジョナサンは歌も演技も○で、もちろんのこと、ハイモアくんも上手いし、ケリー・ラッセルも「ウエイトレス」の時より綺麗に見えました。
(入院シーンの顔は怖かったけど・・・・)

(あ、ロビン・ウィリアムズは今回jester的にはだめでした。
だって彼が出てきた時点で、ある程度話の先が予測できちゃうんだもん。)


出だしの辺の、周囲のすべてに音楽を聴くハイモア君のシーンはよかったんですけどね〜
すべてのものに音楽があるって本当だと思います。
純粋そのものっていう感じのハイモア君の演技も素晴らしかった。

アーサーやホープが歌うシーンも、声が綺麗でうっとり。
歌が上手いっていいな♪と思いました。

あとね、ジョナサンとケリー・ラッセルが恋に落ちるシーンもなかなかでした。


こ、これはいけそうだ!と思って見ていて、・・・だんだんに見ていて恥ずかしい展開に・・・。

ギターも最初はたたいてるだけだけど、それで弾き方までわかるか?とか、パイプオルガンの操作が見ただけでわかってひきこなしちゃうとか、いっくら音楽の天才でもあれは絶対ないだろう・・・というエピソードが次々とでてきて、どんなにジョナサンにうっとりしていても現実に引き戻されてしまう。
自分がその楽器を楽器を本当にやっている人なら「ありえね〜〜!」と頭をかきむしるのではないでしょうか・・・
(jesterもギター弾きの端くれなので、納得できませんでした。)

しかも、仮にも自分の孫なのに「死んだ」といって孤児院送り・・・いくら娘可愛さでも、そんな爺さんいるだろうか?? 
普通の学校も出ていないのに、ジュリアードに突然入って、書いた曲がコンサートで?? などなど、細かい突っ込みどころは満載過ぎて、まあ〜 いちいち書きませんけれど・・・

天才話は好きなjesterなんですが、あまりにキャラクター作りが荒くて・・・ちょっと酔えませんでした。


猫映画が進むと、まさか最後に偶然関係者があつまってばったり会って・・・・めでたしめでたしじゃないでしょうね!!
とまた嫌な予感が・・・(爆)

こういうパターンって、中国映画によくありますがね。


犬まあこの映画を見たのが、リアリティにあふれた『Eastern Promises』と、すぐれた脚本の『Juno』を見た直後で、しかも一緒に見にいったのが、『Eastern Promises』を一緒に(試写会&初日)みたどっぶりヴィゴ道の先輩だったこともあり、ふたりでぶつぶつ文句を垂れながらそのあとご飯を食べて帰ってきましたとさ。

(大体あの曲はシンフォニーではありませんし・・・。あせあせ(飛び散る汗)


posted by jester at 11:22| Comment(19) | TrackBack(6) | か行の映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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